到着、スフィア公国
案の定、その日はスフィア公国の国境を超えることが出来ずに野宿で一夜を過ごすことになった。
野宿自体は何の苦もない。使っている魔車が高級なヤツだから、寝る分には困らないし食事などが必要なのは私だけだ。
一部気を遣うところはあるけれど、多少のことは目を瞑れるし、スタンからも理解がある。
なんだかんだと、私達はかなり上手くやって来たと思う。この旅の道中はハッキリ言って楽しかった。
「ふああぁ……。流石に今日には入国出来るかな」
「進むペースを見るとお昼頃には入れそうだけど」
朝起きて、こうして呑気に珈琲みたいなお茶を飲みながら喋っていられる時間もあとわずかなのだろう。
スフィア公国は旧ミルディース王国、そしてそこを暫定的に統治しているパッシオが率いるレジスタンスと同盟関係にある。
スフィア公国には紫お姉ちゃんもいるしね。連絡さえ取れれば、私は紫お姉ちゃんの伝手を使って素早く真白お姉ちゃん達と合流できると思う。
そうなったら、この旅はお終い。自然とスタンとの交流も希薄になっていくものだと思う。
「私も案外変わったのかな」
「何が?」
「こっちの話」
それが少し名残惜しいと思うあたり、私はこの旅を結構気に入っていたらしい。1人が好きだと言っていた割にはこんなんだから、私も単純なものだ。
何も無ければ、このままずっと旅をしていたいなんて思っちゃうくらいには今がとても楽しくて心地いい。
「それにしても、やっぱり1番心配なのは入国の瞬間よね。本当に大丈夫なの?」
「昨日も言ったけど、多分大丈夫だよ。カモフラージュも用意してあるし、一般人であれば入国はそう難しくないハズ」
「その辺不思議よね、妖精界って」
「そうかい?軍人ならともかく、一般人が入国を断られる謂れは無いと思うけどね」
私が思った事を言うとスタンは不思議そうに首を傾げながら返事をしてきた。これが、何百年、いや千年レベルで大きな戦争が起きなかった世界の常識かとしみじみ感じる。
人間界だったら戦争状態の国民同士が自由に行き来出来る状態なんて絶対にあり得ない事だ。
絶対になんらかの制約がある。全面戦争になりかけているのならその国の国民というだけで突っぱねられてもおかしくはない。
スパイとか、破壊工作とかそういう観念は最初から無いのかも知れない。いや、私が知らないだけでそれを感知する魔法や技術があるのかも知れないけどさ。
戦争の歴史が人類の歴史でもある人間界では、大よそあり得ないだろう。それだけの平和が長く続いたことを羨むし、それが壊されてしまったことに同情もする。
「千夜祭ってのも効いてくるのは間違いないよ。流石にこの期間ばっかりは世界共通だし」
「……そういうことなら任せるけど」
妖精界全体で同時に行われるという10日間のお祭り、『千夜祭』。この期間ばかりは戦争なんて関係ないと豪語するスタンの言葉を今は信じるとしよう。
私個人としては、あのショルシエならむしろこのお祭りを率先して狙うと思うんだけど、その辺りはむしろ真白お姉ちゃん達の方が強く警戒しているハズ。
合流出来るまで、私に出来る事は少ない。まずはスフィア公国に入国出来るのなら、このお祭りを利用するのは私も同じだ。
「心配ばかりしているといざという時に動けないよ。ちょっと緊張し過ぎじゃない?」
「そうね。いよいよだと思って、変な力が肩に入ってる気がするわ」
大きく深呼吸して、冷静になるように努める。スタンの言う通り、肩に力が入り過ぎだ。
お祭りを楽しむくらいの感覚で行こう。何度も言うようにお姉ちゃん達と合流するまで、私に出来る事なんてほとんど無いんだから。




