獣道
「……ん?」
誰かが呼んだような気がして周囲を見回すが、特に変わった様子は無い。
ブローディア城の入り口。正門の側に腰を下ろして茶をしばいていたウチらを呼んでいるような人影はひとっ子1人いない。
勘違い、か?と首を捻りながら、そわそわと何度も周りを確認しちまう。
「どうかしました?」
「いや、誰かが呼んでたような気がしてな」
持ち場を離れられないウチの代わりに、城下町から色々と仕入れて来てくれた昴とリベルタ、リリアナと軽い食事とお茶を啜ってたわけだが、どうにもウチの勘違いっぽいな。
勘の鋭さには自信があるが、勘違いも良くあることだ。
ひと昔前に比べるとそういう野生の嗅覚や勘ってのは鈍って来た気がするな。
悪いことじゃねぇさ。そういう不確定な事に頼らなくても問題ないくらいに強くなったし、安定したって証拠だと思っている。
勝負勘が鈍ったわけじゃねぇしな。
なんつーかな。日常が平和になったってこったろ。仕事に困ることはねぇな。
野生の勘なんてものをありがたがるより、魔法やら機械やらコンピュータやらで便利なもんを導入して行く方が確実だしよ。
「なんか気になることがあるのか、姐さん」
「必要であれば私たちが見に行きますけど」
「そこまでさせることじゃねぇよ。見たところ何もねぇし、様子見で良いだろ」
ただまぁ、少しだけ警戒はしておくか。ウチの勘は昔に比べりゃ鈍くなったかもしんねぇけど、従っておくに越したこたぁねぇ。
今まで散々それで助けられて来たんだからな。
「そうですか?アズールさんの勘と言えば下手なセンサーより敏感だって聞きますけど」
「そりゃ言い過ぎだよ。勘でそんなに当たるかよ。百発百中みたいに言われちゃ困るぜ」
勘が良いとは散々言われるけど、外れる回数だってそれなりにあるんだ。
針小棒大とはこのことだぜ。メディア連中はこれだから困るんだよな。いちいち訂正すんのが面倒くせぇんだよ。
「でも、呼んでる気がしたというのなら誰が呼んだのでしょう?」
「少なくとも俺らの耳には聞こえてねぇしなぁ」
「だからそんな気にすんなって。気のせいだよ気のせい。細かいところまで気にしてたら滅入っちまうぜ」
あーでもないこーでもないと好き勝手言い始めた昴達を宥めて、買って来てもらった軽食を口に放り込む。
良く言うなら素材の味。悪く言うなら味気ない。多分ジャンクフード的なもんらしい食いものを咀嚼しながらお茶で胃に流し込む。
うん、やっぱ妖精界の飯は美味くねぇな。せめて塩味が欲しい。
「お姉様」
「サフィーか。どうした」
「路地裏で殺人です。ドゥーシマン氏が何者かに」
「……?!」
監視を続けながらそうしていると、サフィーが魔法を使ってすっ飛んで来た。
その内容に思わずギョッとする。監視対象として、見張りを付けていたはずのドゥーシマンって魔人族が路地裏で殺されたとの一報。
こりゃただゴトじゃねぇな。やっぱ何かいやがる。
「お前ら、一旦この場は任せる。リベルタは会議中だが、中の連中に話を通せ。ウチからの指示だ。昴とリリアナは警護を続けろ。変身を許可するから、虫の1匹も通すな」
「「「了解!!」」」
昴達に指示を飛ばし、城前の警備や報告を一任する。他にも何人かと支給された連絡用の端末でやり取りをする。
協会とレジスタンス、それぞれの指示系統って奴だな。警護は厚くした方が良いからな。
「サフィー、頼む」
「はい、お姉様」
そうした後にサフィーに現場への案内を頼む。
何が起こっているのか、予想を立てながらサフィーの背中を追いかけている。
今この瞬間。これが最後のチャンスだったのは後から気付いたことだ。
ここでウチは気が付かなきゃいけなかった。ここで妹同然に可愛がっているというのなら、気付かなきゃおかしかった。
なのに、ウチは気が付かなかった。サフィーなら大丈夫なんていう馬鹿みたいな信頼の仕方が取り返しのつかない事態を招いたことを後悔するのは全てが終わってからだ。
「一緒に行きましょう。お姉様」
どす黒い魔力がサフィーの瞳の中で渦巻いているのを、なんで私は気が付いてやれなかったんだ。




