二国間会議、開幕
「監視の目を増やしますか?」
「いや、勘付かれるのも困るし、それを理由につけてやり返されたりするのも面倒だ。一旦は様子を見る」
怪しいのは間違いない。大道芸人としての仕事もせずに路地裏の奥へと進んで行ったドゥーシマンも、そこにたまたま迷っていたというテニトーレのおっさんもだ。
人混みが普段より多いとは言え、裏路地を歩こうだなんて普通はしないだろ。
何か理由があって裏路地を歩いていたと見るのがセオリーだ。ただその理由が分からない。
普通はしないだけで、本当に人混みを避けて裏路地に入り込んだのかもしれないし、致命的な方向音痴か楽観的に考えて路地裏に入り込んだのかも知れない。
人の行動なんてその時の気分と状況でいくらでも変わるからな。じゃなきゃ、魔がさした、なんて言葉も生まれねぇだろ。
「何か起きてからでは……」
「ちょっとの疑惑で罰を与える気か?それは絶対にやっちゃいけねぇことだ。筋と道理とルールは守れ。それが人を護る側なら尚更だ」
「……すみませんでした」
しゅんっとするサフィーリアの頭をわしわしと撫でて気にすんなと笑っておく。
焦る気持ちはわかる。事件や事故は起こる前に対処しちまうのが正解だ。
だがそれはエスカレートすると、たった一つの小さな疑惑。
いや、疑惑すらなくても、上の立場にいる連中のさじ加減ひとつで誰かを犯罪者として縛り上げることが出来る。
人ってのはエスカレートしていくもんなんだ。最初に考えた人は善意で作っても、そのルールを使う側が横暴だったらそのルールは人を貶めるためのツールになる。
「何も起こさないためにこんだけの人が警備に当たってるんだ。何か起こそうものなら、アリの一匹も逃さねぇぜ」
「そう、ですよね。抑止力、でしたか。人間界の考え方なので失念していました」
「平和だった妖精界にはあんまり必要のない考え方だったからな。仕方ねぇよ」
これだけ大規模な警備の中で何かしようもんならあっという間にお縄だ。
ブローディア城の周りだけじゃない。街中にも相当な数の人員を配置してんだ。
この人混みに乗じたスリや引ったくりの類もまぁまぁ捕まってる。
このタイミングでサンティエの街の治安向上も意識するか。ロクでなし連中は牢屋に叩きこまねぇとな。
「そろそろ哨戒の時間ですので、失礼します」
「あぁ、気を付けろよ」
「はい。お姉様もお気を付けて」
アレコレ話をしていたらサフィーリアの仕事の時間か。そんなに話し込んでいたかとも思いながら、仕事場であるサンティエの街の中へ向かうサフィーリアを見送る。
何かがあった時、変に深追いとかしないと良いんだが。正義感と責任感が強いからなぁ、サフィーリアは。
心配だぜ。着いていってやりたいところだが、ウチにも仕事がある。
サフィーリアを信じて任せるしかない。何もないことを、ただの杞憂であることを願うばかりだ。
「妙に落ち着かないぜ」
何かが起きそうな気がする。勘でしかねぇが、この勘は案外大事な感覚だ。
何も起きないならただの笑い話。気を張っておくに越したことはねぇか。
「碧さーん!!」
気を引き締めていると、逆に気が抜けるような声が聞こえて来る。
仕事に向かったサフィーリアと入れ替わるようにやって来たのは警護の仕事の担当の時間が終わった昴達だ。
腕をブンブン振りながらやって来る。元気だなぁ、アイツ。
「仕事終わりました!!」
「こっちは仕事中だっつーの」
別に暇してるわけじゃねぇからな?ここで立ってんのが仕事なの。
「今日はひったくりを捕まえたんですよ!!」
「ほぉ、やるじゃねぇか」
無いはずの尻尾がぶんぶん振られてるのが見えるぜ。お前は犬か。主にゴールデンレトリバーとかその辺の犬種が飼い主に何かを伝えようとしている時のそれにそっくりだぞ。
「3人がかりで囲んで、ようやっとだけどな」
「盗みをやるような奴はどうして逃げ足が速いんでしょうか」
今にもわんっと鳴きそうな昴の後ろにはいつも通りリベルタとリリアナの姿もある。
保護者も大変だなぁ。いやしかしホントに犬っぽいなコイツ。




