二国間会議、開幕
「君はさ、人を好きになるってどういうことだと思う?」
「どういうこと、と言われましても……」
同じテーブルに着き、ブローディア城のバルコニーから見下ろす。人間界の夜景と比べると随分とぼんやりとした灯りで揺らめいているサンティエの街並みを見ながら問われたことはひどく哲学的なものだった。
「別に難しく考えなくて良いさ。恥ずかしがらずに答えてくれると僕も助かる。君の言うように僕はどうにも本心を見せるのが苦手な恥ずかしがり屋でね。こうやってこそこそしないと胸の内を吐き出すのも難しい」
我ながら難儀な性格だよと軽い口調で語るリアンシ様。その軽薄そうな口調からどうにも小言を言いたくなってしまうのを飲み込んで、僕は彼からの問いに自分なりに考えてみる。
リアンシ様は恥ずかしがり屋なんだ。その軽薄さは自分の口を軽くするために自分を騙していると取れなくもない。
だとするなら、彼の態度は基本的にスルーして良いと思う。
それにしても、人を好きになるってどういうことか、か。
好きにも色々ある。親愛、友愛、博愛、寵愛。色々な言葉による表現があって、その内容はそれぞれ微妙なレベルで異なる方向性を持っていると思う。
例えば親愛と友愛は身内に向けるモノだけど、親愛は広く親しい人に向けての好意的な感情のこと、友愛は親兄弟や特別な友人に向けてのものだろう。
博愛と寵愛も、似ているようでまた違う。共通点はどれもがどれも何らかの形で誰かや何かに対して好意的な感情を抱いているということだ。
それがどんなに健全であろうとも、逆に歪んでいようとも、好意は好意だ。その表現方法が違うだけで根っこの部分は変わらないだろう。
そういうことを考えると、好きになるということは……。
「夢中になるってことですかね。それを目の前にすると、それ以外の事が目に入らなくなる。そんな感じだと思いますよ」
「確かに間違いないね。君も、僕も、彼女達を目の前にしたらメロメロだ。どうにも舞い上がってしまう」
「だから蹴られるんですよ」
「愛があるならそれも良いんだよ」
それで良いのか、というツッコミをしたら負けな気がした。この人の一挙一動にツッコミを入れてたらもたないし、それを待っているかのような人だ。構ったら調子に乗り始めるから、適度にスルーしないと。
「どうにも紫を前にすると感情が昂って彼女を構い過ぎてしまう。そんなんだから彼女から手痛い反撃を喰らうんだけど、それだって彼女が自分を意識しているからだと思うと、どうにも愛おしく思えないか」
「……否定はしませんけど、だいぶ歪んでますよ」
「ホントにね。ただまぁ、君もそうやってじゃれることはあるだろう?」
否定はしない、というか出来ない。真白が恥ずかしがったり、笑ったり、何か僕に表情を見せてくれる一挙手一投足に自分の心が何か熱を帯びていくような感覚を確かに覚える。
これが僕らが夢中になっていると表現している感情なのだとしたら、それは間違いなくそうなんだろう。
「間違いなく、僕らは彼女達に夢中になっている。それは間違いようのない事実だ。あぁ、もちろんこの話は他言しないし、君に同意も求めないから僕が勝手に話を進めるよ」
「……」
「そのうえで、僕らが彼女達に夢中になっているという前提の上で話すけど、同時に僕は怖いんだ。人をここまで好きになるというのが、どうしようもなく、たまらなく怖い」
そんな感情をリアンシ様は怖い、と表現した。今までの軽薄で流暢な語り口ではなく、重く、酷く怯えたような声音がいやに印象的で。
怖いという言葉は僕の中にもずんっと音を立てて響いたような気がした。その気持ちが理解出来た気がしたからだ。
「こんなにも誰かに夢中になるなんて思わなかった。まだ出会ったばかりだって言うのに僕の頭の中は紫のことで頭がいっぱいだ。だからこそ、喪うのが恐ろしい」
大事だからこそ、失いたくない。大事だからこそ、自分の手からすり抜けて行ってしまいそうな気がする。その感覚は僕らがきっと何度も経験したことだった。




