3組の謁見者
「私はどちらかと言えば本番はこれからだからな。しばらく滞在して、色々と便宜を図ってもらったら里に戻り、エルフ族を指示されたとおりにどうにかすることになるだろう」
私達の中で唯一、旅の目的が完遂されたわけではないのがリリアナさんだ。旅自体は終わっても、そこから先の。むしろその先の話こそが本題だから、彼女にとってこれからが正念場ってヤツだよね。
多分、色々な交渉があると思う。エルフ族の立場に関わって来るだろうし、気が抜けない。
「そういう貴殿はどうなんだ?故郷には戻れんのだろう?」
「ほとぼりが冷めるまでは無理だろうなあ。ま、人の役に立つ仕事でもするさ。レジスタンスに頼めば仕事のひとつやふたつ斡旋してもらえんだろ。幸い、この街は復興事業がまだまだあるしな」
明確なビジョンがあるリリアナさんに対して、リベルタさんは割とアバウトな展望を話す。
リベルタさんはリベルタさんで故郷のトゥランには色々と軋轢というか、元々暴走族みたいなことをしていた上にビーストメモリーでの破壊行為が一部の人を中心に知られてしまっている。
ビーストメモリーに関しては本人がどうこう出来るものでは無いにしろ、トゥランにいても良い事が無いというか、トラブルの火種になりかねない。
「貴殿も大変なんだな……」
「自分で蒔いた種さ。自分でどうにかするさ。大将のおかげで色々目が覚めたし、心機一転新天地で新生活ってのもまぁ悪かねぇだろ」
苦労の度合いで言えば2人とも似たり寄ったりというか、苦労の方向性が違う。リリアナさんは一族全体の未来を、リベルタさんは自分の今後の生活をそれぞれ切り拓かなきゃいけないわけで。
苦労は絶えないんだろうなと思う。2人なら何とでもなるとも思ってるけどね。
「大将はどうすんだよ。やっぱ人間界に帰るのか?」
「そう、なるのかなぁ……」
私はと言えば、2人みたいに何か一定の予測や見立てもある訳でもない。ただただ、真白さんや番長さんの判断待ち。
私自身がどうしたいという話は私自身にも周囲にも無い。
これは少し前からリベルタさんには相談していたことではある。このまま帰って良いのかなって。
妖精界に来て、色々なことを経験した。大変だったことの方が多いし、命にかかわるようなピンチに何度も遭遇した。
戦う力を持てたからといって、危険なものは危険だし、私は素人。ここまでは運よく怪我もなく来れただけで、妖精界に居続けるとなったらそれだけで危険と隣り合わせな生活が続くと思う。
人間界だって魔獣の被害とかあるけどさ。街中にさえいれば殆ど無いわけで。戦いとか危ないこととは無縁の生活に戻ることは出来る。
「それで、いいのかな……」
ここで終わっていいのか。ここで普通の人に戻っていいのか。
ここまで踏み込んだのにあとはさようならなんて無責任な気がして、私は何となくモヤモヤとした気持ちを晴らせないままでいた。
「人間界とやらは、ここより平和で豊かなんだろう?短い旅の中での話だったが、スバルから聞く人間界の話はまるで楽園のような話だった」
「元々大将はそっちに住んでたんだ。無理に危ねえことをすることはねぇだろうよ」
「それは、わかってるんだけどさ」
わかってるよ。わかってる。皆、私のことを思って言ってくれている。
巻き込まれただけの私には日常に帰る権利がある。
殆どの人は平和な日常に戻りたいよね。戻れるなら戻った方が良い。
当たり前のことだ。こんなことで悩んでる私が変なわけだし、そもそもにただの女子高生に妖精界で出来るようなことなんてあるわけが無い。
それはそうなんだけど……。
「失礼、少しいいか?」
俯いて悩む私をノックの音と番長さんの声が引き戻す。
ぱっと顔を上げて部屋のドアへと視線を向けると私に手招きをしていた。
「すまんが昴を少し借りる。なに、今後について少し話を聞くだけだ。人前では話しにくいこともあるだろう?」
そう言って、番長さんは私の手を引いて多少強引に部屋から連れ出す。
リリアナさんの困惑した声と、リベルタさんの気をつけろよー、という呑気な声がそれぞれ聞こえる中、私は番長さんに手を引かれるままにレジスタンスの本部だと言う建物の中をズンズンと進んでいった。




