エルフの里
妖精界に来てしばらく経った今、私はほんのちょっとだけど身体の中に魔力を持っている。
多分、妖精界が人間界より魔力が濃いからだよね。
元々、魔法少女になれるほどの魔力なんて全然無かった。いや今でも無いんだけどね?
そうだなぁ、人間界に普通にいた時は多分おちょこ1杯分くらいだったと思う。
きっと人間界の殆どのひとがそのくらいだよね。
魔法少女になれる基準がどれくらいなのかは知らないんだけど、今は大体コップ1杯くらいかな?
もちろんまともに魔法なんて発動しない。この前リベルタさんに簡単な魔法の使い方を教えてもらったけど、それだって全然上手く発動しなかったもん。
ただやり方ってのはあると思うんだよね。
「うすーく薄く。膜を貼るみたいにほんのちょっとだけ」
イメージは湿らせたタオルで矢を拭くみたいな感じ。ほんのちょっとだけ矢を魔力でコーティングする。
『光』のメモリーを握っているのはリュミーに少しだけ手伝ってもらうため。私には属性とかわかんないし。
ほんの少しの魔力を纏わせた矢を放つと、きらりと魔力がほんのちょっとだけ光って、さっきよりも速く安定して的代わりにしていた幹に刺さった。
「おお!!大将スゲェな!!」
「驚きだな。そんな短時間で上達するなんて」
「いや、まぁ、うん。ありがと」
2人は私が魔力を使ったことに気が付いてないみたい。だから褒められてちょっと複雑な気分だけど、素直に受け止めておくことにしよう。
「2人とも、何か感じた?」
「感じたって、何がだ?」
「何かあったか?」
「ううん。何にも無いなら良いんだ。多分気のせいだから」
念のために確認すると2人は首を傾げるだけ。やっぱり魔力を感知してはいないみたい。
使った魔力が低過ぎてわからなかったんだろうな。ほら、私が使った魔力よりも濃い魔力がその辺にあるんだろうし。
「こういう使い方もあるんだ……」
魔力、魔法の便利さが改めて分かるね。こんな少しの魔力でこれだけ効果があるなら、もっと魔力を込めたり魔法として使ったらどのくらい効果が上がるんだろう。
魔法少女ってこういうことを自然にしてるんだろうなぁ、と思い浮かべつつもう一度弓を構える。
魔力を薄く纏わせて放った矢はまた幹に突き刺さった。リュミーのサポートがあるから出来る事だし、調子に乗らないようにしないと。
気を引き締めた時、近くの森の中から笛の音みたいなのが聞こえて来る。
なんだろうとキョロキョロしてると、リリアナさんが急いで近くの木に登って辺りを見渡していた。
「ーーッ!! 2人とも避けろ!!」
怒号と共にリベルタさんが翼で空気を打つのが見えて、強い衝撃と共に地面を離れる感覚がする。
直後に聞こえて来たのはバキバキと樹木をへし折る音。
「なんだコイツは?!」
「分からん!!だが同じく狩りに出た者に被害が出た!!」
声を張り上げて2人が情報の共有をしているのを他所に、リベルタさんに抱えられた私は空の上からその轟音の主を見下ろす。
「ぶるるるるっ!!」
鼻息荒く、突撃してへし折った樹木を立派な角を使って巧みにこちら目掛けて投げつけて来た魔物。
リベルタさんが慌てて避けると苛立たしげに巨大に見合った太い脚と蹄で地面を蹴っている。
その姿は猪と象を足したようなもので、かなり大きい。人の背丈は遥かに超えた大型の魔物だった。
「どう見ても森の中にいる魔物じゃねぇぞ!!」
「わかっているさ!!」
猪と象を足したような大きな身体を持つ魔物は明らかに木々の生い茂る森に適した姿ではない。
リベルタさんの指摘にリリアナさんは理解を示すけど、どうしてかは彼女にもわからないらしく、ただ弓を構えて矢を放つだけだった。
「……っ!!堅い!!」
だけど、矢はあっさり弾かれる。まるでおもちゃの矢みたいに情けなくバウンドしたそれを見てリリアナさんは歯噛みするしかなかった。
武器はそれしか無い。私達はエルフの里と森の境目にいるんだ。この後ろには当然里がある。
それを理解すると私はリベルタさんに視線を向ける。彼も同じくこっちに視線を向けていて、互いに無言で頷いた。




