碧の姉妹
碧お姉さまは優しい方だ。こうして出会い、慕い、一緒にいる時間が長くなって来たからこそよく分かる。
「ガキども~、遊びに来たぞ~」
「「「わーーーーっ!!」」」
教会と孤児院を兼ねる場所を訪れると、20人近い子供達が碧お姉さまを取り囲み、自分と遊ぼうと取り合いをしている。
碧お姉さまがここを訪れたのは確か3回ほどだったと記憶している。それでこの人気っぷりがお姉さまが子供たちにどれだけ慕われ、親しまれ、その心を掴んでいるのかがよく分かる。
碧お姉さまは天然の人たらしだと私は思う。とにかく人の心を機敏に察する能力が高いというか、人の事をよく見ている。
真白姫様が圧倒的なカリスマで人々を率いる王であるなら、碧お姉さまは同じ目線に立ちながら現場を監督するリーダーだ。
魔法少女という人間界の戦士達。そのトップ集団であるらしい人達のリーダーも碧お姉さまが務めているというあたり、全幅の信頼を寄せられていることも伺える。
私も全員が全員と長い交流がある訳では無いので、出会った当初の印象になる方も多くいらっしゃいますけど、妖精界にやって来た魔法少女の方々は皆さん個性が強い。
我が強いとも言い換えられる。そんな方々から一身に信頼を受け、リーダーを任されている碧お姉さまの器の広さを想像するのは難しくないかと思います。
「待て待て、ウチの身体は一つしかねぇんだから別々には遊べねぇよ」
「じゃあ何して遊ぶの?」
「そうだなぁ。じゃあ折り紙でも教えてやるよ。紙で動物の形を作るんだ」
「えー、紙で?」
「うそだー」
碧お姉さまが提案した遊びは恐らく人間界にある遊びだ。私も知らない遊びで、紙一枚で色々な形を作るのだという。
にわかには信じがたい遊びだ。大人に言ってもそんなことは出来ないと笑い飛ばすにちがいありませんが、碧お姉さまは器用に紙を折り畳んで行くと、その形は立派な翼を持った鳥の姿になっていました。
おぉ~、と子供達からは歓声があがります。私達からすればまるで曲芸ですが、碧お姉さまが住んでいるニホンという国ではポピュラーな子供の遊びなんだとか。
中には紙一枚から美術品を生み出す芸術家もいるとのことで、そういった方々の作品の中にはドラゴンなどの複雑な造形の魔物を緻密に再現しているらしいです。
「日本人は手先が器用だって言われてっからな―」
「僕もやるー!!」
「私もー!!」
「わかったわかった。教えてやるから並べ。順番に折り紙を配るぞ~」
子供達を見事にコントロールして、紙を配り、折り方を教えていきます。一人一人、順番に、丁寧に接していくさまは皆のお姉ちゃんという雰囲気です。
碧お姉さまも血の繋がっていない仲間を妹と表現していることがあり、そういった家族同然の強い繋がりがある人の事を特別に兄弟と呼んでいるのかも知れません。
でも、私にとってそれは、とても残酷で、心がピリつくものでした。
「私の、お姉さまなのに……」
碧お姉さまは私の実の姉、テレネッツァお姉さまの意思と力を汲んでおられる方です。
最初はそれこそ碧お姉さまが使う、テレネッツァお姉さまの魔力と魔法にばかり目が向いていましたが、テレネッツァお姉さまが手を貸すようなお方ともなれば、その精神性と生き様は私にとって恋焦がれていたものそのものであったと気が付きました。
名前も、性格も、種族も何もかもがテレネッツァお姉さまと碧お姉さまとでは違います。
ですが、その優しさは間違いなく同じもので、テレネッツァお姉さまがいつか私にかけてくださった優しさを、碧お姉さまも同じように私に向けてくださっています。
何より、碧お姉さまは私の事を妹だと言ってくださいました。まだ出会って間もない私を、家族だと言ってくれたことは、両親も姉も先の戦争で喪い。
たった一人、アグアマリナ家の生き残りとして虚しく生きていた私には代えがたい暖かさだったのです。
「お姉さま……。私だけの、お姉さま……」
私も、子供たちと同じようにお姉さまに子供のように甘えたい。二人で子供のように遊びたい。
私だけが、あの優しさを独占したい。
燻ぶる気持ちが、私の中にヘドロのように溜まっていくことを感じます。でも、お姉さまはお優しい方。きっとその優しさは私だけに向けられるものではない。
それはテレネッツァお姉さまもそうだったはず。私だけのお姉さまではないのです。
でも、それでも、私だけのものにしたい。そんな気持ちが心の片隅にずっといる。そんな自分の卑しさに嫌気が差します。
こんな醜い気持ちを、碧お姉さまに伝えたら、きっと嫌われてしまうでしょう。
「私も、一緒に……」
そう言いたいのをぐっとこらえて、孤児院の片隅にじっと息を潜めて立ち続けます。お姉さまと楽しそうに遊ぶ、子供達を見ながら。じっと。




