碧の姉妹
「先日戦争やったとは思えねぇくらいの活気の良さだな」
真昼間の旧ミルディース王国王都サンティエ。
良く晴れて心地のいい天気のもと、旧王都中心の小高い丘の上に建てられたかつての王城、『ブローディア城』の下に広がる城下町を見下ろしながら、ウチらは呑気にしていた。
「帝国の意図が計り知れないとは言え、領土内から帝国兵を押し返した事実は住民達にとっては吉報ですから。特にサンティエの住民達の気持ちは盛り上がっているかと」
ぼうっと手頃な岩に腰かけている横で、同じように座っているサフィーが住民たちの心情を説明してくれる。
岩の上で胡坐をかいているウチとは違って、綺麗に脚を揃えて座っているのは貴族と庶民の違いだな。
まぁ、ウチも実家に戻れば貴族みたいなもんだけどよ。生まれ育った庶民派な空気の方が性にあってるのは変わらない。
「そういうもんか。ウチらの世界、ってよりはウチらの国か。日本はもう戦争なんて100年くらいしてねぇからな」
「平和なのは良い事です。本来なら、妖精界もそのような平穏な国だったのですが……」
「いやいや、戦争してないってよりは戦争してる余裕なんて無いが正しいからよ。魔獣が出る前までは戦争やら冷戦やら内戦やらでどこもかしこもピリついてたからな」
人間界は妖精界に比べると争いが多いと思う。
人間の性がそうさせるのか、他に理由があるのかは知らねぇけど、妖精界の戦争らしい戦争ってのは特に大国間だと殆ど無かったらしい。
元々姉弟が国土を分け合って出来たみたいだしな。
国境も分かりやすくコウテン山脈がぶった切ってるし、別に物資が偏ってるわけでもねぇし、争う理由がねぇ。
妖精界で戦争って言うとコウテン山脈を中心にした大国3つよりも外側。
細々とした小国同士の小競り合いのことを指すことの方が多かった、らしい。
それだって、実際にやり合って数日もすると傘下に入ってる大国からそれぞれお叱りを受けて、矛を収めることになる。
それがこの世界の軍事事情の基本だったわけだが、それが脆くも崩れ去ったのが旧ミルディース王国内で起こったクーデターとそれに合わせた帝国軍の軍事侵攻ってわけだ。
そのクーデターもショルシエが引き起こしたことだし、諸々の裏にはあの魔女がいるのが分かり切ってるんだけどよ。
それでも事情を完璧に把握していない旧ミルディース王国民にとって、帝国は憎むべき敵ってやつなんだろう。
それに打ち勝ったとなりゃ、気持ちも上がるってことか。なんつーんだっけ?戦意高揚?
なんか違う気がするな。ま、いっか。今は平和だし。
「さーってと。暇だし街でもブラつくか。真白には置いてかれたせいで何すればいいか分かんねぇし」
真白はパッシオと美弥子さん達お付きの連中連れて、朱莉のバカのことをぶん殴りに行ったからなぁ。
何となく分かってたけどよ、アイツが人間辞めようとしてるってことはさ。だって人間の強さじゃねぇだろアイツ。
明らかに真白側の領域に突っ込んでる。半分妖精で王族生まれの超特別存在の真白と同格になろうだなんて、そりゃあ人間辞める以外の選択肢はねぇ。
要もな。近く通るとなんかひんやりしてたし、氷魔法の上達が早すぎる。
幾らスパルタで鍛えたからって、あぁはならねぇ。
才能って面で見ても、精々B級程度ってのが正直なところだった。
臨時でフェイツェイのサポーターになって、その後は協会の職員に落ち着くだろうと番長辺りは考えてたハズだ。
それが、今やA級魔法少女の中でも頭1つ出てる実力者。
普通じゃねぇよ。才能があるノワールですら、5年やってA級並の実力だぞ。
初めからS級クラスの才能の片鱗を見せてたクルボレレとは違えんだ。
悪く言えば凡人だったんだよ。それを覆して今やA級トップクラス。
朱莉も要も、普通じゃない。普通から外れるやり方を選んでいるのは、ウチから見ると何となく予想は出来ていた。
それでも止めなかったのはアイツらがそれを選択してたからだ。
自分で選んでるなら、ウチがどうのこうの言う資格はねぇからな。
「待機指示、ということでよろしいかと。碧お姉さまの判断に任せるという信頼とも取れます」
「受け取りようってことだな。サフィーも行こうぜ」
「はい」
ごちゃごちゃと考えているのはらしくねぇな。
とにかく、ウチから朱莉と要に言うことは無い。もう周りに散々言われてるだろうからな。
どうせ言ったってやめねぇし、千草もそっち側に行く始末だ。
その理由に少なからず真白がいるってなったら、クソ真面目な真白からすりゃ大問題だろ。
「なるようになるか。アイツらだし」
「……信用されているんですね」
「そりゃあな。朱莉は妹みてぇなもんだし、真白達は仲間で親友だ。信用しない理由がねぇ」
「そう、ですか……」
王城の建つ丘を下りながら、何とかなるさの精神で受け流すことにする。
アイツらを信用しない理由はない。いざこざがあっても少し経てば元通りになるさ。
それに、サフィー達のことだって同じくらい信用してる。
だって同じように信用を貰ってるしな。背中を預ける仲間は信じるもんだ。
特にサフィーは『優しさ』のメモリーの中身である、テレネッツァの妹だしな。
アイツの意志を図らずとも受け継いでるみたいなことになってるウチが信用しないで、誰が信用してやるんだよってな。
「……」
「教会のガキンチョどもと遊んでやるかな。サフィーもそれで良いだろ?」
「……はい、そうですね」
丘を下りながら、やる事を決めてサフィーに伝えると生返事っぽく返って来る。
珍しいことだったから、ちっと疑問に思ったけど、そういうこともあるわなと考えたウチはそのままの調子で歩き続けた。
行き先は教会。親を色々な事情で失ったガキどもがいる孤児院でもある。
子供の相手ってのは大変だからな。手伝えるなら手伝った方がいいだろ。
この時、サフィーが妙に黙り込んでいたのを疑問に思っていなかったウチは後で一生後悔することになるなんて、夢にも思ってなかった。
「お姉様……」
姉だと言うのなら、ちゃんと伝えて、ちゃんと聞いてやらなきゃいけなかった。そんな簡単で基本的な事を怠ったウチが引き起こした悲劇。
共に歩めるはずだった妹の1人をウチは近い将来喪うことになるなんて、この時は本当に、微塵もおもっていなかったんだ。




