共に歩む
「パッシオがお世話になっております。私、諸星 真白と言います。今後ともよろしくお願い出来れば幸いです」
ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、お婆さまはポカンとしてからすぐに深々と頭を下げる。
まぁ、そういう反応になるよね。仕方ないけど何だかもの悲しい気分にもなる。普通に、ただのお客さんと店員さんとして接してほしいんだけど、中々そうもね。
「失礼いたしました。王家の方とは露知らず……」
「気になさらないでください。王族の血筋とは言え、継ぐ国も教養も無いただの小娘です。ただのお客として扱っていただけると嬉しいです」
「……何かご事情がある事はお察しいたしました。ウチのお茶でよろしけれぼ、お楽しみください」
「ありがとうございます」
王家由来の赤い髪と青灰色の瞳を見て、お婆さまが動揺するけど私の言葉に素直に従ってくれた。
妖精のなかでも割と柔軟な対応をしてくれる方だ。年の功というのが為せる判断だと思うと、やはり年長者には敵わないのだろうなとも感じる。
「失礼いたします」
挨拶をするために解いた変装はどこからともなくやって来た美弥子さんが素早く直し、再び姿を消す。
相変わらずだけど、忍者みたいな人だなと毎回思う。何処でどうやっているのか、毎度分からない。何処かで見ているんだろうけどさ。
「姫様~、団長~。お茶出来ましたよ~」
なんてことをしているとグリエがお茶を持ってやって来る。おおよそお客への対応というよりは親しい友人や知り合いへの対応といった適当具合でだ。
せめてお盆を使って持ってきなさいよ。グラスとかポットが割れたらどうするの。
「グリエ。貴女まさかいつもそんな調子じゃあないんだろうね」
「いやいや、今私オフだし」
「そういう話ではありません」
今どきの若い子といった感性を持つグリエにお婆さまが注意をするけど、本人はどこ吹く風といった様子。
一応上司以前にお客さんなんだから、ちゃんと対応しないと怒られるのは当たり前でしょうと言いたいけど、オフにわざわざ押しかけているのはこっちだから、中々言いづらい。
目の前で繰り広げられる押し問答をひとまず眺めながら、お茶菓子をごちそうになるとしよう。
「ん、美味しい」
「この辺で食べられてるお菓子なんだ。……うん、久しぶりに食べるけど美味しいね」
お菓子はせんべいのような香ばしい香りがする焼き菓子だ。甘塩っぱいタレに漬けてあるけど、醤油とも砂糖とも違う独特の風味がある。
「とりあえず頼まれたお茶です。竜の髭って言う珍しい薬草をベースにしためっちゃ良いお茶ですよ」
かこんっと音を立ててカップを置くと、手早くお茶を淹れていくグリエ。
雑さはあるけど、手際は慣れたもので日頃からお茶に親しんで来たのがうかがえる。
美弥子さんが最高のお茶を提供することに拘っているなら、グリエは気軽にお茶を楽しませてくれるプロ。
そう考えるとグリエの適当に見えるお茶の淹れ方にも良さが見えて来る。
物事とは常に多面的に、そしてポジティブに捉えていった方が楽しくてラクだ。
少なくとも、グリエの淹れたお茶はまだカップが離れた位置にあるのに非常に香り高く、美しい黄緑色に揺らめいていた。
「そんな雑に淹れて、どなたが相手かを−−」
「大丈夫ですよ。気の休まる時にお邪魔しているのは私達ですし」
「ほらほら、姫様もそう言ってるし」
「とは言え、店員さんとしてはちょっと雑過ぎね」
ヤキモキするお婆さまをたしなめ、そしてグリエにも釘を刺す。
あくまでお客として来てるんだから、店員さんは店員さんらしい対応をしないとね。
社会に出て行くなら必須のスキルだから、その辺の切り替えはしっかりしてもらわないと。
公私混同はナンセンスだし、仕事と私生活の境目が無くなって、案外心身にも良くないのよね。
私に注意されたグリエはバツが悪そうな顔をしながら、口を噤む。
受けた注意を素直に受け入れられるのはグリエの良いところだ。まぁ、反論させないように言ったというのはあるけども。
「確かにとても良い香り。レモングラスみたいなスッキリした香りのあとに、焙煎か何かしてるのかしら?ナッツみたいな香りが残って少し不思議」
「飲みやすいね。食事にも合いそうだけど、これ幾らだい?」
「カップ一杯で私の月給くらいです」
なんてものを出すのよ。




