共に歩む
「私、聞いた方が良い感じ?」
「いえ、これはパッシオ様の方の問題ですので本人に任せましょう。結論を先延ばしにするようでしたら槍の餌食になっていただきますが」
「もしや想像以上にキレてらっしゃる?」
私達の前だからこの程度で済んでいるけど、もしかしなくてもこれは本心ではマグマのようにはらわたが煮えくり返っているのではなかろうか。
パッシオ、ここまで美弥子さんを怒らせるなんて一体何をしたんだか……。
「真白様のお耳に入れるほどの事ではありません。えぇ、ありませんとも」
「う、うん。聞かないでおくから、お茶でもしない?私、甘いのが良いなぁって」
「えぇ、そういたしましょう。ちょうど人間界から幾つかお茶菓子とお茶を取り寄せましたので、今日は久々にそちらでも。お二人も一緒にどうです?」
怖い美弥子さんと一日一緒に入れる自信はないので、お茶の時間という事にしよう。寝る前だけど、たまには良いだろうしね。
久しぶりの人間界の紅茶も楽しみだ。こっちのお茶も悪くないけど、馴染みのある味と香りは心を落ち着かせる効果を発揮してくれることだろう。
主に美弥子さんの怒れる心を、だけど。
「人間界のお茶。是非とも興味がありますね」
「お菓子も美味しいと聞きますし、楽しみですぅ」
実家がお茶栽培や卸売りを営んでいるらしいグリエは興味津々に、お菓子が好きなマーチェは逆に人間界のお菓子に興味があるようで、彼女達も同じようにテーブルに着く。
上司と部下、主従の関係ではあるものの割とプライベートな空間では私達はこうして一緒にお茶や食事を摂る事はことは多い。
「それにしても、団長ってばなんであんなに頑固なんですかね」
「周りには優しいですけど、自分のこととなると特段厳しく律されている気がします」
パッシオは自分の事となるとやたらと頑固だ。一度そうあるべきと決めたら、そこからてこでも動かない。
こっちが何回も何回も説得して、ようやく折れてくれることがあるくらいで、基本的には私からのお願いですら折れない事の方が多いくらいだ。
私のことは甘やかして来るくせに、自分の事には厳し過ぎるきらいがあるのはこちらとしては不公平感が否めない。
「話によると、昔はかなり奔放だったらしいけど、それ以上は聞いたことが無いからなぁ」
「あー、聞いたことがあります。先輩の女性団員の人から『団長の女癖の悪さには気を付けろ』的な事を最初の方に」
「私も言われた気がします。でも実際はそんなことは全然なかったですね。身持ちはむしろ堅い印象です。そういうことを言われたことだって今思い出したくらいですし」
レジスタンス所属で女性の先輩、となると騎士団でのパッシオでの元同僚。
もしくは城に勤めていたような人物だろう。
そんな人達にそこまで言われるのだから、想像するに相当なものだったのでしょうね。
人間界で私と出会ってからもしばらくは女性にデレデレしていることが多くて、その度に私に怒られていたことを思い出す。
いつからかそんななりは影を潜め、そうね。女性には分け隔てなく優しく接する程度に落ち着いていたと思う。
その誰にでも優しくするのが祟って、何人かの女性をその気にさせてしまって、それでも私に怒られたりしたこともあったっけな。
「……もしかして、美弥子さんもそのクチで?」
「失礼ですね。私はそこまで尻軽ではありませんよ。自らの使命を全うしようとする姿が良いな、と思っただけです。口説いて来たら逆に足を踏んでましたよ」
使命を全う、ねぇ。多分、私を守るって決めてくれた辺りからパッシオの中で何かが変わったのだろう。
そういう変化が美弥子さんにとっては魅力的に映ったというわけだ。
「どのみち、絶対に勝てない恋愛なんてする気はサラサラありませんでしたから。一応、前から真白様にはパッシオ様へのお気持ちを自覚するように促したりもしていたのですよ?」
「え、そうなの?」
初耳なんだけど。一体どこにそんなアプローチが……。
ダメだ、いくら思い出そうとしても全く見当も付かない。
いつのことなのだろう。本当にわからない。
考え込む私を見て、美弥子さんはため息を吐いてから、「昔からこの調子だったんですよ」とグリエやマーチェに同情を求める。
すると彼女たちからも「素直に同情します」とか、「よく耐えられましたね」とか散々な言いようだった。
そんなに酷かったのか、私。
「目の前でずっとくっ付いていましたからね。同じ布団で寝たりもしてたんですよ?」
「姫様、ちょっと説教していいですか?」
「嫌です」
結局、お茶会をしても私は針のむしろだった。
マーチェはともかく、グリエからはずっとチクチク言葉で責め立てられて、白旗をあげたい気分だよ。
「手にキスとかおでこにキスまでされて、それが不快じゃないのに恋心に気がつくのが今とかどうなってるんですか?何して生きて来たんです?」
勉強だよ。悪かったね。それしかしてこなかったんだって。
だって仕方ないじゃん。私には必要がないとずっと思ってたんだから。




