星の巫女
「それじゃ、頑張りなさいよ。私も出来るだけ力になるから」
あの後、それ以上言葉を発さなくなったピケと言葉を失った私はやっぱり何も言うことなく、カフェを後にしてそのまま準備を終わらせていたスタンと合流。
スムーズに最後の準備を整えて、私とスタンは魔車に乗り込み、あっという間に出発の瞬間になる。
「うん。『いつも通り』頼むよ、ピケ」
「えぇ、勿論。仕事は熟すわ。……気を付けて」
カフェでのピケとのやり取りをした後だと、確かによく分かる。
スタンが彼女に求めているのは幼馴染としての気楽さと、彼女自身の優秀さから来る依頼した職務の精度の高さだ。
気心の知れた友としての居心地の良さ。そして信頼できる相手。優秀な能力。
そこには幼馴染の関係と、上司と部下の関係以上のモノは全く介在していなくて、スタンは自分が求める『いつも通り』の彼女を期待している。
スタンは悪くない。スタンはピケの恋心なんて伝えられていない。知らないことをどうやっても知る由も無いし、一切の悪気はないどころかそれが自分達にとって最良の関係だと思っている。
今まではそれで良かった。その関係がいつか一緒に居続けるための心地よさに変わった未来だってあったかも知れない。
でも、私が現れたことでそれは儚く、あっさりと崩れ去った。それをピケはまざまざと見せつけられ、体験させられた。
これから大きなことをしようとしているスタンに自分は求められていない事を。隣にいるだけのモノを持っていない現実を。
「……」
「スミアも、頑張って。スタンの事、頼んだわよ」
「うん。ピケも身体に気を付けてね」
「ありがとう」
どんなに残酷なことだったんだろう。どれだけ大きなショックだったんだろう。それでも、感情的になることなく私に伝えたい事を伝えて、私にスタンを託した。
私には出来ない事だと思う。少なくともまだまだ未熟な私にはその決断は出来ない。
スタンを想う気持ちがそれだけの決断をさせるのなら、恋心が作るエネルギーは凄まじいもので、それを見事に制御して見せたピケを心の底から称賛したいと思う。
私に許されるのはそこまでだ。同情も感謝も憐憫も、彼女にとっては侮辱でしかないだろうから。
【どう?最近、お菓子作りを初めて見たの。彼が甘いものが好きでね】
【へぇー、ピケにしては中々上手だね。じゃあこの珈琲が合うかも。ちょっとビターだけど、甘いものによく合うんだってさ】
【しては、は余計よ。それもアイツセレクト?】
【こういう趣味はアイツしかいないでしょ。台所借りるよ~】
また未来視が不意に発動して、脳裏に風景が浮かぶ。
その未来には少し雰囲気が変わったピケと私がティータイムと洒落込んでいる姿が写っている。
ケーキ屋に並ぶほどのクオリティーでは無いものの、個人が作ったにしては中々の出来栄えのケーキと私が取り出したコーヒー豆。
『彼』と『アイツ』。お互い、パートナーがいるかのような口ぶりだけど、それがスタンなのかは判別することは少し難しい。
ケーキもコーヒーもスタンは好きそうだし。
それでも、その未来では私達は仲良くやっているらしい。それを見て、私は走り始めた魔所の窓から顔を出すと。
「今度はちゃんとお茶でもしよう!!」
「……!! そうね!! 今度は友人として!!」
「うん!!」
また。お互い声を張り上げて、再会を誓う。私とピケはたった数日間は複雑な関係だったけど、決してお互いのことを悪くは思っていない。
次に会う時は純粋に友人だ。その時は最初にカフェで喋った時みたいに愚痴でも言い合おう。
そう決めて車窓を締める。暗い気持ちが晴れた。いつか分からない未来でも、こういう使い方も出来るんだとわかった。
良い未来を視た時はそれを引き寄せるために、悪い未来を視た時はそれから遠ざかるために、それぞれ努力をする。
視た私にしか出来ない努力を着実に。しっかりと。
それを最後に教えてくれたピケには感謝をしないと。
「……何かあった?」
「秘密」
『カーセル』の街を出てからスタンにピケと何かあったのかを問われるけど、応えるわけがない。
彼女との今日までのやり取りは墓まで持っていくものだ。これはピケの名誉のためでもある。
ツンとそっぽを向いてから、困ったようにこっちをチラ見してから諦めて前を向いて運転に集中したスタンを入れ替わるように盗み見る。
私がスタンを好きになることはあるんだろうか?スタンは分かりやすく私の事を好きらしいけど、よくよく考えると直接アプローチを受けたことは無い気がする。
スタンも私が自分に気が無い事を分かっているのか、それともそれ以外の理由か。
少なくとも、しばらくこの関係は続くだろう。もしかすると、ピケは平行線が続きそうな私達の関係に一石を投じて、スタンの背中を押す。
そんな思惑もあったのかも知れない。本人が意図しているかはさておきね。
「これからもよろしく」
「うん?どうしたの急に」
「なんとなく」
「???」
せめて、表舞台に立つ意識くらいはしっかり持とうと改めて背筋を伸ばす。その結果、私の心が動いて、スタンに恋をしたのならピケの目は正しかったという事だ。
彼女の未来予想が当たるのか、未来視を持っている私よりも先にその未来を言い当てたのならピケこそ本当の未来予知者かもね。
未来は不確定だ。それは未来が視えても視えなくても変わらない。そのことを深く深く心に刻んで、私はスタンの横に座りながら次の街へと進んで行った。
未だに信じられない、パッシオが真白お姉ちゃんをその尾で貫いている。あの未来を変えるために。




