星の巫女
アパートメントに戻って、もう一度腰を落ち着けた第一声は大きく息を吐いたスタンからだった。
「結局、何から何まで不思議なことだらけだったね」
あの後、アステラの像がある部屋から一歩出た瞬間、私達は神殿の隅でぼうっと突っ立っている状態になっていた。
移動したというよりは、意識が覚醒した感覚で恐らく、あの場所はこの神殿とは別の場所、あるいは別の領域にある特別な空間だったんだろうと、スタンは予測していた。
アステラと話をしている時、彼女は私達のことをわざわざ招いたって言っていたしね。
数千年も前から、いるかもわからない自分の後継者が現れるのを待つためだけに、星の神殿を起点に意識だけを自分の作った領域に呼び込めるような。
そんな秘術を仕込んでいた。私達は真実を知る由もないけれど、そんなところじゃないかとアタリを付けて、自分達を納得させることにした。
「古き獣、か。もしそれがショルシエのことを指しているのだとしたら……」
「あのショルシエですら、本物じゃない可能性すら出て来たわね。分け身とか、隠れるとかアステラの預言では言ってたし」
古き獣は何処か遠くで私達を嘲笑っている。分け身を使って、世界を引っ掻き回しながら。
私達は人間界で一度ショルシエを倒している。でもそれは偽者だった。
そしてもう一度ショルシエと対峙したけど、アレすら偽者の可能性があるとしたら、中々厄介過ぎる話だ。
「その切り札になるのが、未来をも見通す眼なのかも知れない。アステラは太古の英雄達の中でも一際武勇を示したと言われているのは、その眼を持っていたからなのかも知れないね」
「いきなりそんなこと託されても困るけどね。ショルシエは倒すけど、まさか私がそんな大役……」
荷が重い、それが素直な感想だ。そういう主人公めいたことはお姉ちゃん達の方がよっぽど似合っている。
私はいつも後ろからサポートをするのが仕事なわけだし。
「うじうじしてんじゃないわよ。任されたなら胸を張ってなんぼでしょ?あのアステラ本人から認められたのかも知れないのよ」
ドアを行儀悪く足で開けて入って来たピケが私に向かってそう言いながら、両手に抱えた手紙を机の上に並べる。
そんなこと言われても。私はいつもお姉ちゃん達の後ろにいた。
世界を背負って行く覚悟を既に固めている真白お姉ちゃんを筆頭に、皆ちゃんとした目標がある。
その中で私はこれといった目標がまだ無い。
前は舞お姉ちゃんや要お姉ちゃんも同じ悩みを持っていたけど、その2人も今は立派に目標を持っていて、その努力に見合った力を持ってる。
それに比べて私は……。どうしてもそう思ってしまうのだ。
真白お姉ちゃんに相談すると、「死ぬまで悩み続けなさい」とだけ言われて尚更ちんぷんかんぷんだ。
意地悪や嫌味を真白お姉ちゃんが言うとは思わないから、これは真白お姉ちゃんから私への宿題のひとつ。
力を手に入れたからってその答えが湧いて出て来る訳じゃない。
逆にどうすればいいかもっと混乱しているのが本音だった。
「……ふーん。案外似た者同時なのね」
「何の話?」
「スタンは気にしなくていいわ。贅沢な悩みってだけ」
ピケは露骨に不満そうだ。彼女からしたら、私が悩んでいるのはその言葉通り贅沢な悩み、なのだろう。
自分が凡人ではないということも頭ではわかってるつもりだ。
だからこそ、それ以上に高みにいる人達からの期待に不安になって仕方がない。
私はお姉ちゃん達の期待に応えられるのか。あんなに凄い人達と同じ舞台に立てるのか。
誰よりも近くで見て来たからこそ、自信がない。
「理想と期待に押し潰されて死ぬ前にどうにかしなさいよ」
「ちょっとピケ」
「私達、全員がそうなんだから。いの1番に逃げた私が言うのもなんだけどさ」
ふんっと鼻を鳴らして、ピケはお茶の準備を始める。
ピケはピケなりに私のことを心配してくれているらしい。立場的にはピケは責任と重圧から一抜けたで抜けた脱落者だ。
それでも、自分の理想と周りの期待と。色んなプレッシャーに苛まれて生きて来たのは確かに私達は全員同じだ。
押し潰されて死ぬよりは腹を括ってどうするか決めた方がいいというピケの意見はごもっともだと、私は思った。




