幽世
「良かったね千草」
「あぁ、私は恵まれていると改めて感じるよ」
五代さんからのプロポーズを受け、私の気持ちも少し落ち着いたのを待って、要が駆け寄って来て祝福してくれる。
一時期は自分の境遇を憎んだりしていた時期もあったが今は違う。本当に恵まれた環境の中にいる。何の懸念も無く、自分の道を邁進してそれに一生をかけてついて来てくれる人たちがいるという安心感。
これがどれだけ幸福なことか。一度家族を喪ったからこそよく分かる。
「良かったわ。近くまた発つのでしょ?籍はそれまでに入れないとね」
「式は落ち着いてから、皆と帰って来てからだね!!」
こうなったら籍はすぐにでも入れた方が良いだろう。帰ってきたら結婚しよう、なんてフラグだとしか思わないしな。
漫画やアニメのようなジンクスだが、幸せを誓ってから戦地へ向かいそのまま帰らぬ人になってしまっただなんて笑えない話だ。
無論、そんなつもりは無いし、そんな事になるとも思っていない。厳しい戦いになるのは必至だが、私達なら乗り越えられるからな。
「しばらくは忙しくなりそうだ」
「それが良いんだよ。祝福して貰えてるって事だしね。本番は君達全員が帰って来てからさ」
「結婚式かぁ。確かに大騒ぎになりそうだ」
「一緒に住む家も考えないとね」
考えれば考える程、私はしばらく忙しい日々を送ることになりそうだ。楽しみでもあり、目の回りそうな気配に少し憂鬱にもなるが、それは贅沢な文句だ。
未来にある幸福が、ここから立ち向かう困難を乗り越えるためのパワーになるのは間違いない。本当に、本当に楽しみで仕方がない。
「おめでとう千草。気が早いかも知れないけどね」
「お義父様……」
「君のご両親……。千歳君とあざみ君にも教えてあげないとね。彼らに良い報告をすることが出来て、本当に良かった」
お義父様は元々私の生みの両親の上司だ。私と生みの両親が関東から九州への転勤をすることになった、その辞令を出したのもお義父様だと言うことは聞かされている。
そして、九州へと向かうために飛んだ旅客機が魔獣に襲われ、私はたった一人生き残った。
お義父様は、上司であった玄太郎さんはそれをずっと悔やんでいた。悔やんでも仕方がない事だとわかっていても、責任感の強いお義父様は今も自分が出した辞令が無ければと思い続けている。
「両親に良い報告が出来るのもそうですが、何よりお義父様。貴方にその報告が出来る事が私は嬉しいと思っています」
両親の墓前で、良い報告が出来る事はとても嬉しい事だ。天国の父と母もきっと喜ぶことだろう。
ただし、それと同じくらい今の両親にこうして結婚の報告が出来るのが喜ばしい事だと私は思っている。
どちらも私にとっては代えがたい大事な親だ。そろそろ、玄太郎さんにも肩の荷を下ろしてもらわなくては。
その荷を降ろす役割はきっと私がしなければならない。
「私は諸星 千草。貴方の娘です」
「ははは……。君達には助けられてばかりだな」
伝える言葉はこれだけで十分なようだ。目頭を押さえ、上を向くお義父様の姿を見るのは初めてかも知れない。
あまり自分の感情を出さない人だからな。
「真白もきっと同じことを言いますよ」
「そう言ってくれるかしら」
「絶対です。真白もいつかこういう報告が出来れば良いんですけど」
「それは……。彼次第かしらね?」
まぁ、間違いなくそうだろう。真白が誰かと結婚するなら、アイツしかいないからな。
問題は本人達がワーカーホリックなところと、恋愛感情についてはとんと無頓着なことだ。
妖精界に行ったことで少しくらいはその関係性に変化が出れば良いのだが。
「真白さんは……。苦労しそうだね」
何回か顔を合わせた程度の五代さんにすらこう言われる始末だ。姉として、心配は尽きない。
結婚が必ず幸せに結びつくとは思わないが、な?
測らずとも飛び火した妹の真白の今後については吉報を待つといったところか。墨亜は……。あの子は意外とあっさりと結婚しそうな気がするんだよな。
そんなことを思いながら、これから忙しく動くための準備を始める。悠さんや郁斗さんにも良い報告が出来そうだな。




