幽世
「本当はもっとそれらしいタイミングでプロポーズするつもりだったんだけどね。千草の話を聞いたら、ここでする以外にあり得ないと思ったから。念のためにって用意していた指輪を持って来て良かった」
気恥しそうに笑いながら、五代さんはこの場でプロポーズしたワケを話し出す。指輪を用意していたことも知らなかったが、用意した指輪を持って来たのは偶然だったようだ。
その偶然が本人的には功を奏した、と言いたいのだと思う。
相応しい時に、相応しい雰囲気作りをしてから、が五代さんの当初のプランだっただろうし、私も何となくそうだろうと思っていたから何の心の準備も出来ていなかった。
せめてその雰囲気がある状況だったら、私もここまで呆然とせずに済んだと思う。
「……」
当の私は未だに左手薬指にはめられたダイヤモンドが輝く指輪を眺めているばかりでそれらしい反応は出来ていないのだが。
「驚かせ過ぎたかな」
「そんなことはない!!とても嬉しい……!!嬉し過ぎて、どうしたらいいのか分からないだけなんだ。……だけど、良いのか?私はこれから、人では無くなる」
「だからだよ。千草が覚悟を決めたのなら、僕も腹を括らないと」
嬉しいのは当然のことだ。いずれ結婚する間柄だったとは言え、こうやって面と向かって婚約をしたわけではなかった。
お互いの親の仲だったし、交際も順調。このままいけば私が大学を卒業した頃には籍を入れ、結婚式を挙げていたのは間違いない。
だからこそ、私の勝手な行動で五代さんを失望させてないかが不安だった。再三言うように、彼のことは信用していた。
きっとわかってくれる。着いて来てくれる。そんな人だと。
「千草が魔法少女として戦っているってことを聞いてから、ずっと考えていたことではあるんだ。僕に何がしてあげられるんだろうってさ」
そして実際、身勝手な私に五代さんは結婚という形で着いて来てくれる覚悟を示した。うわべなんかじゃない、衝動的に動いたわけでもなく、彼にとっては覚悟を決めるタイミングをほんの少し早め、覚悟そのものの重みが増した。
きっとそのくらいの話なのだろう。
「僕はただの人間だから。子供の頃から魔獣と戦って来て、テロ組織と戦って、今度はもっと大きな戦いに身を置いているんでしょ?」
「今のことは何も教えていないと思うんだが……」
「そりゃ何となくわかるよ。それに、何にも言わないんじゃなくて、言えないってことだってすぐ分かった。いつもなら長い間会えない時は連絡が来るからね」
今回の戦いは国を相手取ったものだ。今まで戦いとは規模が違う。それを何となくに察していたというのだから驚きだ。
私の行動が単純でわかりやすかったのかも知れないが、やはり人の感情や心に機敏な人だと思う。こういった細かいことにさらっと気が付いて、その中で最適な判断を出来る聡明で優しい人なのだ。
「千草はとても強い。一般的に考えるなら家庭を持った時、いざという時に家族を守るのは男の役割だろうけど、僕は変身してない千草にも腕っぷしで負ける自信しかない」
それは正直頷くしかない。五代さんはお世辞にも腕っぷしが効くような男性ではなく、どちらかと言えば大人しいし、荒事は苦手だ。
間違いなく私の方が喧嘩っ早いし血気盛んだろう。売られた喧嘩は普通に買う。恐らく、私と五代さんが本格的に家族として過ごし始めたら、物理的に家庭を守るのは私の役割になるだろう。
私自身、私に勝てる存在の方が少ない自負はある。これでも魔法少女の界隈では最強格とまで言われているしな。
「だからと言って主夫になって家の事だけをやろうとは思わない。時代錯誤かも知れないけど、僕はあくまで男として、君を守る存在でありたいと思っている」
ジェンダーの問題は昨今話題によく上がるものだ。男は男らしく、女は女らしく。そんな昭和的な価値観は古くて悪いものだという論調も多く上がる中で、五代さんは自信が男としてやるべきことをやる、という事に意義を見出しているようだった。
まぁ、これは別にジェンダー論とかそんなクソほどどうでもいい話とは別の話だ。
五代さんが私のためにと考えたことが、一般的には男としての役割に該当するだけの話であって、五代さんが私のためにやりたいという個人的な感情の話。
ここに男女の役割の話をあてはめるのはナンセンスだったな。反省しなくては。
「君の戦いの中には混ざれないし、腕っぷしでも負ける以上、僕が守れるのは君の心だと思う。身体は千草の妹さんにプロフェッショナルがいるしね」
「ライバルが多いな」
「そうなんだよ。正直言うと、何度も要さんや妹さんに千草を取られるんじゃないかって思った。でも、僕は負けなかった。君の中で一番は僕だ。胸を張って言ってやる」
ちらりと要を見ると、負けないぞと言わんばかりに踏ん反り返っている。私からしたら、親友と姉妹と恋人では全然違うんだが、本人達にはそうではないらしい。
私のような堅物によくもまあそこまで頑張れるな、と思うのは私が捻くれているのだろうか。
でもそうやって私を本気で想ってくれているのは素直に嬉しい。
「人間じゃなくなる?それが何だって言うんだい。千草は千草だ。僕が愛する女性は君だけだ」
「五代さん……」
「千草がこれから何百年も生きるかも知れないのなら、僕はその人生を賭けて君の支えになるよ。きっと大変な事とか悲しい事がたくさんある。それ以上に君に幸せを僕は届けたい」
「……ありがとう」
私の口からはたったそれしか言えないけど、その中には出来るだけの気持ちを詰め込んだ。それをきっと五代さんは汲み取ってくれる。
信頼とはそういうものだ。私は一生この人を信じて生きていく。




