幽世
郁斗さんが地獄に赴き、私のルーツの力を解放するための手続きを済ませる間。
私達は一度笠山を離れ、地元へと戻ることにした。というよりは、私達が地元に戻って諸々の事情を説明している間に郁斗さんが手続きを進めてくれる、が正しいか。
「ーー以上が事の顛末。そして、私達がこれから進みたいと思っている道です。どうか、ご理解願います」
そして、今まさに私と要は両親と私の婚約者である五代 幸助さんに要についてと、私がこれからどうなるつもりなのかを話し終えたところだった。
「……」
私の両親と要の両親。そして五代さん。
5人は揃って口を噤んでいた。納得がいかないのか、了承しかねるのか、それとも理解が及ばないのか。
何にせよ、要のことは既に事後報告であるし、私も私の選択を基本的に曲げるつもりは無い。
この話は了承を得に来たのではなく、こうなっていた、こうしますの報告の話だ。
何を言われても曲げるつもりは無い。
覚悟は重く、決意は堅い。
お義母様やお義父様はきっと認めてくださるだろう。要の両親も時間こそはかかるだろうが、納得してくださると信じている。
ただ、正直1番怖いのは五代さんの反応だった。
勿論信じている。要に啖呵を切った通り、五代さんならという気持ちだ。
それでも、もしかしたら。心の片隅でそう思ってしまう不安は間違いなくあって、徐々にそれが大きくなり始めている自覚もある。
もしそうなってしまったとしたら、その時は潔く受け入れよう。
そうなったとしても1人じゃないのだから。
「まず一言、要ちゃんに言うことがあるわ」
「……はい」
「良く、今まで1人で抱え込んだわ。その決意と覚悟が貴女を魔法少女として、人間として立派に成長させたのね」
叱責の言葉をもらうだろうと考えていた私達に、とりわけ人から外れてしまった要には厳しい言葉を向けられるだろうと思っていたところ。
実際にお義母様が要に向けたのは、賛辞だった。
「それは決して貴女の落ち度では無いわ。誰かのために大きな決断をして、実行し続けたことを誇りに思って」
「は、はい!!」
予想していたこととは180°違う展開にテンパりながらも何とか要は受け答えをして、背筋を伸ばす。
その様子をお義母様は軽く笑って見届けると、隣に座っている要の両親。主に要の母へと視線を向けた。
「要、こちらにおいで」
「……はい、お母様」
要は母親。名前を眞澄さんというのだが、その眞澄さんの座るソファーに近付く。
眞澄さんも席を立ち、要と向き合った。
全員が緊張の面持ちだ。お義母様は政治家としての考えが強いし、何より魔法少女について元『魔法少女協会』の会長として理解が深い。多少の無茶は許容する人だ。
だが、要の母親はごく普通の人だ。雛菊家と言えば、日本でも指折りの医療メーカーの家系。
要はその一人娘。いずれは家を継ぐ必要もある。諸星とは言え分家で養子の私とは、家族の期待度というものが違うだろう。
人間から離れ、『雪女』という別種の生き物になりつつある要は周囲に期待されている通りの人生を歩むことは難しくなってしまっているだろう。
時が経てば経つほど、要は『雪女』に近づいて行くに違いない。ルーツの力を手にした代償と言うべきなのか、手にしたからこそ得た特権と言うべきなのか。
少なくとも、普通ではない。多くの人間は変化の少ない普遍的な日常を好む。それを壊しかねない異端は大抵嫌われ、迫害されて来た歴史がある。
眞澄さんは異端に理解を示せる変わり者ではない。感性としてはごく普通のご婦人だと私は認識している。
逆に私の周囲にいるのは大半が変わり者か、その関係者か、あるいは異端そのものだ。
普通ではない家庭環境だった私と、裕福ではあるものの一般的な家庭に近い普通の環境で育った要。
その差がここで出てしまわないか。私達は固唾を飲んで見守るしか出来なかった。




