幽世
「え?てっきり何もかも放り出して、ルーツの力を手に入れるんだと思ってたんだけど……」
千草の発言に、私は驚いていた。だって、人間じゃなくなるってことはそういう覚悟は必要でしょ?
人並みの幸せを捨ててでも、力を手にして平和を掴み取る。自分を犠牲にして、他の大多数を守る。
千草はそうするとばかり思ってた私はその発言は寝耳に水って感じだった。
「なんでわざわざ手放さなきゃならないんだよ。悪いが、私はがめつくやらせてもらうぞ」
「え、いや、だって人間じゃなくなったら五代さんと結婚とか……」
「別にそれは出来るだろ。人間じゃなくなったから戸籍が消えるわけでも無いし。ルーツの力が個人の心や感情を押し潰すようなものじゃないのも聞いてる」
千草の幸せとして、今後待っている大きなモノは婚約者の五代幸助さんとの結婚だ。
人間じゃなくなれば、それだってなくなるかも知れない。でも千草はそれをあっさり否定する。
そんなもので消えるような話でも理屈でもない、と。
「ルーツの力はあくまで魂の片隅に残っている先祖の情報を引っ張り出してるだけだからな」
「見た目に多少の変化はあるだろうけど、人型じゃなくなるとかは無いと思う」
郁斗さんと悠さん、そして私。それぞれルーツの力を引き出して人間から外れたけど、その姿形はほぼ人間と同じと言って良い。
悠さんはエルフの長くてとんがった耳が、郁斗さんは額に角が、私は徐々に肌が白くなっているのと体温が普通の人にくらべると低くなっていっている。
確かに人外か、と言われると案外適当に誤魔化せる範囲内だと思う。
最近だとアニメの世界に憧れて、整形手術でエルフの耳みたいにした人がいるとかいないとか。
そもそも真白ちゃんだって見た目は人間だし、朱莉ちゃんは割と部分的に変化させられるくらいみたいだし。
人間のらしさ、的なものは誰も失っていない。
なんなら真白ちゃんなんかは自分が純粋な人間じゃないことを理解した上で行動している節が微妙にある。
「で、でも、光さんとか玄太郎さんとか、五代さんにだって、もしかしたら……」
「お義母様とお義父様に限ってそれは無いのはよく知ってるだろ」
自分で言っててなんだけど、千草達の両親である光さんと玄太郎さんに限って、自分の子供達を見捨てるようなことは絶対にしない。
それは決して自分の子供だから、とかではなく、同じことを私にもしてくれるような懐の深い人達だ。
むしろ、私達を守る為に何が出来るか。その最善を模索してくれるような人達だから。
「五代さんについても、その、なんだ。あの人はそんなことで私を見限るような。そんな柔な人じゃない。なんなら、私の覚悟に一生かけて付き合ってくれる人だ」
「急に惚気たね」
「茶化すなバカ」
「あいたっ」
恥ずかしそうに赤くなって、婚約者の五代さんについて話す千草。とても珍しい、乙女な千草だ。
思わず茶化したくなるのは分かる。千草のそういう表情はレアだし、あんまり話したがらないし。
でも、そっか。千草は皆を信じてるんだね。
私はそれをする事ができなかった。とても怖かったから。嫌われるんじゃないかと、奇異の目を向けられちゃうんじゃないかって何処かで思ってたから。
「何より、要がいる。さっきも言ったが、私1人じゃこの選択は絶対に出来なかった。それに、何よりも思っている事がある」
そんな私の暗い気持ちを、千草は察したのか、そうじゃないのか。
流石にわからないけど、千草が口にした言葉はそんな気持ちを吹き飛ばしてくれるもので。
「誰かを救うためでも確かにある。自分が納得するためでも確かにある。でもそれ以上に要を1人にしたくない」
「……!!」
「誰よりも私を知ってる要がいるなら、私は同じ所に行こう。相棒を、親友をひとりぼっちにさせるほど、私は薄情じゃないぞ?」
まさかそんな言葉をかけられるとは思ってもなくて、何だか気持ちがぐちゃぐちゃになって。
私はぼろぼろと泣くことしか出来なかった。




