幽世
「千草……」
「話を聞いただけさ。まだ何も決めてない」
嘘だ。話を聞いたその瞬間に千草自身は人間を辞めてでもショルシエに対抗出来るだけの力を手に入れるべきだと思っている。
覚悟を決めた顔だもん。何も決めてないっていうのは、まだ誰にも話していないし、誰も説得してないってだけ。
本人の中では何の躊躇いもなく、決まっている。
「……千草は、やっぱり根っからのヒーローだね」
「私はそうは思わないけどな」
自分を誰かのために捨てられる人のことを私はヒーローだと思っている。
千草もそうだけど、真白ちゃんや朱莉ちゃん、碧ちゃんあたりもその気質が特に強いと思う。
勿論、他のみんなもね。じゃなきゃ、魔法少女なんて続けられない。
「それを言うなら、私は要の方がヒーローだと思うけどな。事故みたいなカタチだったとは言え、私が同じ立場だったらきっと耐えられない」
「私がヒーローって……。せいぜい端役だって、私は」
「それでも私にとっては違うんだよ。悠さん達から聞いたんだ。『雪女』、だったか?今の要はそれになりつつあるって。確かにそう言われると最近の要は少し人間離れして来てた感はあったよな」
やっぱり悠さんと郁斗さんから私が純粋な人間じゃないことは聞いていたみたいだ。
それを1人で抱え込もうとした私を強いと千草は言いたいみたいだけど、私はそうする以外に方法がなかっただけだ。
朱莉ちゃんもね。自分達がそうなっているなんて話した日には皆から心配されるし、何なら自分達もそうなろうとしてくるかも知れない。
まさに典型例が千草だ。力が手に入って、私と同じになれるとわかったら今みたいにあっさり人間を手放すから。
「おおかた、私のことを懸念したんだろ?」
「そりゃあね。絶対に躊躇わないじゃん」
「あぁ、躊躇わない」
ほら見たことか。人が良過ぎるのだ、この親友は。
清々しい顔で言うことじゃない。その選択で自分の未来がめちゃくちゃになるのは火を見るよりも明らか。
それを想像出来ないほど、千草は想像力が無いなんてことはない。
そこまで想像して、それでもその道を選べる。
「それを躊躇わないでいられるのも、その道にもう要がいるからだ。そうじゃなきゃ、怖くてとても選べない」
「そんなことないと思うけど?」
「あるさ。というかだ、私のことばかり話ししてるけど要はどうなんだ?私にだって言いたいことは山ほどあるんだからな」
選んでほしくない。人間のままでいられるなら、その方が良い。
そう主張を続ける私に、千草は私の前まで歩み寄ると腰に手を当てて踏ん反り返る。
ふんっと鼻を鳴らして、何かを不満そうにしている彼女に首を傾げると突然、ほっぺを抓られた。
「ふぁたたたたたっ?!あにをふうのさ!!」
「何をするも何も無いだろ!!なんで、なんでそんな大事なことを黙ってた!!」
私の頬を抓る千草は怒っていると言うより本気で心配しているという風だった。
そこまでされて、私は千草の気持ちをほんの少し気付けた気がした。
同じことをされたら、きっと私も怒るか泣くかする。
だって、大切な友人の身に取り返しようのない何かが起こって、それを自分達に黙っていて、1人で全部を飲み込もうとしていたのだとしたら。
そりゃ、誰だって怒る。親しければ親しいほどね。
「どうせ誰にも話してないんだろ?最初の方ならどうにかなったかも知れなかったのに、どうして何にも話さなかったんだ」
「わ、私にもわからなかったんだって。笠山に来て、郁斗さんから初めて教えてもらったんだから……」
これは本当だ。ルーツの力、『雪女』の力について違和感は感じていたけどそれが何なのかは全くわかってなかった。
それを知れたのは笠山に来て、郁斗さんに手解きを受けてから。そこから『雪女』の力を明確に引き出せるようになった。
「……それは聞いてないんですが?」
ジロリと近くで呑気にお茶を飲んでいた郁斗さんと悠さんを千草は睨み付ける。
それを全く気にしてない様子で、郁斗さんと悠さんはニヤニヤと口を開く。
「つまりお前ら2人とも同じことを考えるってことだよ」
「きっと君たちの仲間の中で同じようなことがあったら、全員が全員同じことをして、同じ内容で仲間たちに大目玉をくらうだろうね。どうして頼ってくれないんだ、ってね」
心当たりしかなくて、私も千草も推し黙る。朱莉ちゃんがまさにそうだし、私もそう。千草もね。
全員が全員、するに違いない。大事な人に無用な心配をさせたくないのは皆一緒だった。




