幽世
「だからって、認められるわけないじゃないですか……!!」
誰かを救うために犠牲になれ。どんなに綺麗事を並べても本質はそこだ。
沢山の命を救うために、1人の人生を捻じ曲げて良いわけがない。
ましてや親友の人生を狂わせるそれを認められるほど、私の器量は大きくない。
「決めるのは千草だ。本人の意思を……」
「千草が断るわけがないでしょ!!あの千草が!!誰かを助ける手段が目の前にあるって言われたら、リスクなんて関係無し了解するに決まってる!!それを悠さんが知らないハズがない!!」
本人の意思を尊重しようだなんて詭弁だ。
千草は根っからのヒーロー気質。自分のことなんかほっぽり出して、名前すら知らない誰かに命をかけられる人間だ。
そんな彼女が、目の前にもっと強くなれる手段を出されて頷かないわけがない。
リスクの伴う手段だろうと、千草は絶対に力を手にしてより多くの人を守ろうとする。
それが千草にとって、いずれ不幸をもたらすとわかっていても千草は自分の幸福より他人の未来を選択する。
長く一緒にいれば、嫌でもわかる。千草はそういう人間だ。そのためになら人間を辞めるだなんて1秒も悩まずに決行する。
悠さんだって、それは絶対にわかっている千草の気質と性格だ。
悠さんのしたことはそれを利用して誘導したことに他ならない。
「本気でそれをやるつもりなら、いくら悠さんでも許しません」
「……ははっ、参ったなこりゃ」
変身の過程すら踏まずに、氷の魔力を全開にして威嚇する。
真白ちゃんや朱莉ちゃんと同じだ。既に純粋な人間から外れている私達は変身せずとも魔法を使える。
それは人間じゃないことの証明なことでもあった。
「発言を撤回してください。出なければ、本気で行きます」
「……『雪女』の力をここまで引き出すのか。全く、俺達の弟子は無茶ばかりする」
私の血筋はかつて、雪女という種族と交わったらしい。
そういう事は割と何処にでもあって、大体江戸時代くらいまでは細々と人間以外の種族がこの地球上に存在していた。
というのが、悠さんや郁斗さんから聞いたこの世界の秘密の一つらしい。
そして、今生き残っている人間の一部の人達は微弱ながらにその力を引き継いでいるらしく、それを知らないままただの人間として生活している。
私もその1人だったらしい。だけど一度死を体験し、無垢な魂だけの状態になった私は生き返っても純粋な、ただのよくいる大昔の力をほんの少しだけ持っている人間には戻れなかった。
何となく、体感だけどずっとそう感じていた。元気に動き回れるのに何処かが抜け落ちたみたいな感覚。
そして、それを埋めるように強まった魔力。
その正体が、欠けた魂の外側をカサブタのように埋めるために内側から湧き上がって来た、『雪女』の力。
後天的な先祖返りみたいなものだと説明された。同じく血筋の力を引き出した悠さんと郁斗さんから言われれば、納得するしかなかった。
私からすれば、都合の良い力だった。魔法少女としての力と、雪女の力は似ているようで微妙に違う。
それを掛け合わせることで私は強力な氷魔法を操れるようになり、短期間で皆の、千草の力になれるようになった。
ただし、代償はある。当たり前だ。いくら自分の先祖の力を引き出したとは言え、『雪女』は人間とは違う種族。
敢えて言うなら化け物の力。それを使い続ければ、やがて私は本当に『雪女』になる。
朱莉ちゃんの竜の魔力もね。そう言う意味では私と朱莉ちゃんは似た者同士。
私も朱莉ちゃんも、このことを誰にも話していない。何故かと聞かれたら、これはそうなることを選択した私達の罪と罰だから。
人間と妖精のハーフで生まれた真白ちゃんとは全く違う。私達の無茶が生んだ代償は私達だけで支払われるべきでしょ?
それがどんなに辛いことか、悠さんと郁斗さんは1番わかっている。
だって、そうやって2人だけで滅んだ街に留まり続けているのがその証拠だ。
「……」
「悠さん!!」
千草にはこの先の幸せがある。それを手放させるわけにはいかない。
誰かを助けるヒーローにだって、普通の幸せがあって当たり前だ。
親友であり相棒を守るためになら、千草に本気でその提案を飲ませるつもりなら。
絶対にさせない。たとえ恩人であっても。
「落ち着け、要」
覚悟を決めようとした時、私を止めたのは千草本人だった。




