戦争
戦場一帯に響き渡った笛の音になんの意図があるのか身構える私を見て、帝王レクスはやはり暴挙を行った王とは思えないほどに優しく朗らかな笑みを浮かべていた。
「本当に良き話を聞けた。優しく強く、なにより聡明なお方だ」
「どういうつもり?一体、貴方は何を企んで……」
「その話はいずれ時が来たら話そう。その時が来たら、だが」
そう言って素早く身を翻した帝王レクス。軍馬の背に乗り、再び駆け抜けて行く様子を、私は呆然と眺めることになる。
本当に、本当に彼が『災厄の魔女 ショルシエ』と手を組み、旧ミルディース王国を滅ぼした暴君なのか?
とてもそうは思えない。
「次に会う時は対等な立場になっていることを願う!!」
私から遠ざかって行く最中に届いた言葉に、無責任な事だと思いながら、思慮を巡らせる。
まるで平和を願う若き賢君のようだ。聞いてた話と予想していた人柄とは天と地ほどの違いに混乱しながら、私は彼を追う選択肢を放棄することにする。
そうした方が良い。そう感じたのは直感だ。
碧ちゃんほどの野生の勘は無いにしろ、ここで彼を倒したり捕らえたりするのは得策では無いと私は短い会話で思わされた。
それが向こうの策略なのかはわかりようがない。ただこんな回りくどいことをして、わざわざ『私との接触』を図って来たのだとするのなら。
もしかしたら、そんな可能性を胸に秘める。
その可能性に賭ける価値がある。賭けてみたいと思っている自分が確かにいる。
もしそれで賭けに負ければ、責任は全部私が背負えばいい。
「エスト!!退くぞ!!」
「御意!!」
私の前から離れ、自ら本当に最前線まで駆け抜けた帝王レクスは、部下であるエストラガルに撤退を指示。
エストラガルもそれを素直に受け入れたあたり、やはりあちらは最初から全力で戦うつもりは無かったのだろう。
現場だけが知らされていない感じか。上に翻弄されて、少し同情するが世の中というのはそういう形で回っているものなのだ。
「目的は達された!!総員、速やかに撤退せよ!!」
帝王レクスの直接の指示により、練度の高い帝国兵達は統率の取れた動きで素早く撤退の陣形を取り、撤退を始める。
「逃がすーーっ!?」
追撃を加えようとするパッシオの前に薄い障壁を張って、私の意思を示すと驚いたパッシオがこちらに視線を向けて来る。
歯噛みするような苛立ちの表情を見せたあと、パッシオは私の意思を尊重して、追撃の手を止める。
戦いの中で気が立っているのだろう。相手は帝国兵だしね。
それでも止めてくれるパッシオには後でお礼をしなきゃいけないかな。
「攻撃止め!!」
レジスタンスの団員達にもパッシオが攻撃を止めるように指示を飛ばす。
「しかし団長、帝国の者達を見過ごすワケには!!」
「僕らの仕事は領土を守ることだ。進んで命を奪うことじゃない」
「……わかりました」
突然の終結。釈然としない終わり方に団員達からは不平不満の声が当然上がる。
彼らにとって、憎き帝国だ。どんなにいさめてもその心の根底には復讐したいという仄暗い火種が燻り続けている。
それでも、それを燃え上がらせてしまってはいけない。パッシオも団員達もそれは理解していた。
復讐の鬼となれば、それこそ血みどろの終わらない戦いが始まるのだから。
だからといって旧ミルディース王国領土から退いて行く帝国兵の監視は緩めない。
何かすれば何かをする。気持ちを緩めることなく、それでいて感情を爆発させないように。
参加した団員達のガス抜きについても考えてあげなきゃいけないなと、その方法についての会議を帰ったらすぐ開くかな。
【領土防衛、お疲れ様でした。皆さんの尽力により、私達の土地は守られました。それを心から喜びましょう】
私も『幾千年紡ぎ紡いだ我が居城を解除し、戦いが始まった時と同じように、団員達へ労いと一旦の終息を宣言する。
思惑が垣間見えた、私が最初に参加した妖精界の戦争はこうして終わりを迎えたのだった。




