戦争
恐怖か、怒りか。どちらか判別はつかないけど嫌でも震える手を抑えながら、私は本陣の中にある仮説のテントから外へ出て、高い位置から周囲を見渡せるように作られたやぐらの上へと登る。
「どう?戦況は」
「まだなんとも分からないさ。恐らくはちょうど山を登り始める辺り。帝国側からすれば、山を降り切る直前かな。そこでぶつかるはずだよ」
そこにいたのは観測員とパッシオがいた。戦況を逐一確認するためだ。
魔法を打ち合う戦争言えども、魔力と魔法だけに頼っていたらいざという時にどうにもならなくなるのか、彼らは目視での監視や偵察をよく行う。
魔法はあまり情報のやり取りに向いてないらしいしね。その辺は科学の方が有利らしい。
そういった面ではドローンの投入も検討しているけど、異世界の戦争に私達人間界の技術を惜しみなく投入して良いモノなのか。
これは私達の中でも議題になっていることだったりする。
安易な投入はこの世界のバランスを崩してしまう。それこそ、魔力が流入して崩壊した人間界のようにね。
でも人命もかかっている。私達が介入することで無駄に命が散って行くのを減らせるのだとしたら、介入した方が良いようにも思う。
何より、行き着く先はショルシエとの戦いだ。アレと戦う時とするなら、既存の技術や力だけでは足りない。
新しい切り口は絶対に必要になる。そのためには人間界の技術を妖精界に持ち込む必要はどうしたって出て来る。
頭を悩ませることは多い。スフィア公国の領主、リアンシさんとの電話での協議は既に10に届きそうだしね。
最良を、最善を。今度こそ、必ず掴み取らなければならない。忌み嫌った『戦争』の中心に私がいるのなら、それが私の使命だ。
「真白」
「な、に……?!」
思考に没頭していたところに、パッシオから声をかけられて意識が急浮上する。
ハッと気付いた時には手を取られた右手にパッシオがリップ音を立ててキスを落としているところだった。
完全な不意打ちに頭が一瞬だけ思考停止して、今度は一瞬で沸騰する。
こんな非常時に何をしてるのよ、バカ。
と声を上げそうになった私に、パッシオは人差し指をそっと私の唇に乗せて、イタズラっぽく笑うと。
「肩に力が入りすぎ。大丈夫、僕らは最善を尽くしているハズさ。それに、君だけが背負うものじゃないし、君が背負うものじゃない。それは僕が背負うものだよ、真白」
そう言って頭を撫でられる。それだけで、ホッとするし何か憑き物が落ちた気がした。
そうね。既に出来る事はやり尽くしてここに立っている筈だ。あとはこの戦いと、各地に配置したレジスタンスの団員を含む仲間達を信じるのが私達の仕事の一つ。
「ありがと」
「どういたしまして。君が本調子じゃないと僕も困っちゃうしね」
お互い、何も無しに笑い合う。そうよね、これから背中を預ける相棒がこんな調子じゃアテにならない。
しっかりしろ、私。めげてる場合じゃない。いつも通り、目の前の事に最善を尽くせ。
「これ、借りるわね」
隣にいた観測員の子から拡声機的な道具を借りる。周辺に伝令を伝えるための道具で、音属性の魔法が使われているんだったかしら。
「え、あ、はい」
「ありがとう」
何故か耳まで赤い彼女から拡声機を手渡され、構える。
これも開戦前に私に出来る最善策だ。そう決めて、私は思い切り息を吸い込んだあとに大声でこれから戦うレジスタンスの団員達に思いを伝える。
【勇気ある団員の皆様方!!諸星 真白です!!これより、戦いが始まります!!きっと激しくものになるでしょう!!そして何より皆様は自らが傷付く恐怖との戦いとなります!!】
先陣を切るのは一般の団員達になる。以前のように私達が切り込み隊長になるような戦い方で勝てるような、規模の小さなものじゃない。
この場にいる全員が互いを信じて戦うのだ。そうしなければ、人は恐ろしさが勝ってその場から逃げ出してしまう。
そうなれば敵の良い的になってしまうし、命からがら逃げ出しても、一生苛まれるだろうし、何より負ける。
負ければどうなるかは彼らは既に知っている。だからこそ逃げる選択肢を取る事は無いだろう。
でも恐ろしいのは変わらない。それだけは変わらない。
【ですが、今回は私がいます。私があなた達を守り、癒します。仲間として、共にいます】
だから、鼓舞する。私が王族として旗印となるのなら、私が道を指し示す。
パッシオは責任は自分が取ると言ったけど、それはきっとパッシオだって一人で背負うものじゃ無いハズだから。
【あらゆる不条理も、どんな困難も、私と私の仲間と皆さんで跳ね返していきましょう。それを出来るだけの力を私達は持っている】
きっとこれから責められることもあるし、後悔することも山ほど起こる。これは分かっていることだし、当たり前のことだ。
どれだけの最善を重ねても、覆しきれない悲劇が必ず何処かで起きる。それがどれだけ個々のことであっても、私達は背負う義務がある。
昔はそれで挫けたけど、次は共にその重責を背負ってくれる相棒がいる。だから、私も覚悟を決めよう。
【共に進みましょう!!全軍!!前へ!!】
その号令のあとに続いたのは地鳴りのように響き渡る団員たちの雄叫びだった。




