戦争
準備を始めてから、パッシオが予想した帝国軍に動きがあった、と連絡が来た。私達も同時に行動を開始する。
「各員配置に着け!!」
レジスタンスの団長であるパッシオの号令に団員達は大急ぎで指定された配置へと着いて行く。
私達がいるのはコウテン山脈の帝国側との境界。そのほど近くにある集落だ。比較的大きな街としてはコウテン山脈に近いヴィーゼの街よりもさらに帝国側に近く、山越えの起点になる街でもある。
帝国軍に動きがあったのは時間で言えば朝の10時頃。昼夜が一瞬で切り替わる妖精界ではあまり時間というのは関係が無いかもだけどね。
「カレジ、各街に伝令は既に出しているのよね?」
「間違いなく。都市部には協会より提供された防衛システムも無事に実装、試運転も済ませてあります。『陣壁』も小さな集落にまで配り切っています」
「訓練は?」
「主にレジスタンスの団員と警邏を担当している者に指導を進めています」
現場を指揮するために忙しなく動き回るパッシオの後ろ。本陣とでも言えば良いかな。
そこで参謀のカレジとこの場所以外の都市や集落までにどの程度の防備を整えることが出来たのかを再確認する。
都市部には予定していた防衛システムの配備は既に済み、試運転も終わっている。何も無ければ外部からの侵入をシャットアウト。そして侵入した帝国兵を逆に都市の中に閉じ込めることも出来るハズだ。
それほどの規模のない町や村などにはまだそれだけの設備は行き渡っていない。そもそも規模の小さい場所となれば必然的に優先度はどうしても下がる。
本当なら、全てを同時に進めたいところだけどね。人命に関わる事だもの。
ただし、それは私が描く無謀な理想論だ。現実はそうもいかない事はよく分かっている。
経済的、軍事的要所であり、人も多い大都市を優先して配備せざるを得ない。
元々、この都市分の防衛システムですら配備が間に合わないと思っていたところに、朱莉が防衛網のカバーに入ってくれるという事で、ヴィーゼの街やその近隣の配備を見送り、それ以外の都市に優先配備したって裏事情もあるしね。
ドラゴンを従え、空を飛び回ることで広い範囲をカバーして、半端な戦力ならたった一人で壊滅出来る朱莉の戦闘能力の高さにはありがたさしかない。
抑止力、というものを自然と理解している親友の存在は私の中で本当に頼もしいのだ。
彼女が目を光らせている範囲内で事を起こせばどうなるか、彼女と刃を交えたらしいショルシエだって意識せざるを得ないハズ。
大きな力を振るえば、こちらの最強が飛んでやって来る。逆を言えば、こちらの最強を戦場に直接投入出来ないという事になるけど、その均衡状態というのは大事なのだ。
同程度の戦力を互いに有しているんだぞ、とお互い知っていることで緊張感はあるけど、どちらも前進も後退も無い。
これを維持できるか、平和を守っているのはこの力のバランスが正体だったりする。皮肉なもんだけどね。
平和でいるためには力が無ければ話にもならないなんてね。
「帝国軍、進軍を始めました!!」
「迎撃用意!!一歩たりとも我々の領域に帝国兵を踏み入れさせるな!!」
「「「はっ!!!!」」」
とうとう、帝国兵による進軍が始まった。自然と心拍数が上がる。何度となくこの緊迫した状況は味わって来た。
それでも慣れるものじゃないし、きっと慣れちゃいけない。
「……とうとう、始まってしまうのね」
出来る事なら、起こって欲しくなかった。出来るなら、そうなる前に止めたかった。でもそれは叶うことなく、無慈悲に目の前で始まろうとしている。
今度は戦地医療を行う医療従事者じゃない。私だって、この『戦争』の参加者として戦わなければならない。
この戦争。ズワルド帝国と旧ミルディース王国の戦いの中心にいるのは、どんなに否定しても私が関わって来る。
ミルディース王国の王家の生き残りだという事が、こうやってのしかかって来るなんて、思ってもいなかった。
「……真白様、横になってお休みになられますか?」
「大丈夫。ごめんね、心配させて」
よほど私の顔色が酷かったのか、そばに控えていた美弥子さんが横になるのを提案するけど、私はそれを断る。
そんなことをしている暇はない。いい加減、受け入れなきゃいけないんだ。この残酷な現実ってモノを。




