戦火の臭い
「やぁ、何か進展はあったかい?」
返事をしてからひょこっとドアから顔を出して来たのはいつも通りパッシオだ。元々、私の部屋にやって来る人なんて限られているから予想するまでもない。
レジスタンスの団長でもあるパッシオは忙しいはずなのに、こうやって定期的に私の部屋に顔を出して来る。
暇なのかと思うけど、実際は放っておくと寝ずに仕事をし始めるから部下たちに仕事部屋から追い出されるらしい。
それで良いのかレジスタンスとも思うけど、ワークバランスという意識が強い職場は良いところだと思うし、上司に当たり前に物申せる雰囲気はパッシオの性格が作り出したものだろうから、それはきっと良いことなんだろうと思う。
緊張感がないように見えるのが欠点だけどね。
「朱莉とは連絡取れたよ。メルドラちゃんも一緒なの確認した」
「そっか、良かった。メルドラも無事なら万々歳だ」
「ところで、メルドラちゃんって何処で拾って来たの?話に聞けば、妖精界ではドラゴンはもうずっと姿を見せて無かったらしいじゃない」
さっき朱莉から妖精界のドラゴンは1000年も前に表立って活動する事をやめ、里を作って隠れるように生きているらしい。
そのおかげで、妖精界のドラゴンは人間界のドラゴンよりも戦闘経験が無いくらいで図体がデカいだけのトカゲだと朱莉が嘆いていたわ。
それなのにメルドラちゃんは随分前からレジスタンスに保護されてたみたいじゃない。
「僕も詳しくは知らないんだよ。現場には居合わせてなくてね。確か、コウテン山周辺で帝国兵を追い払った後の調査で見つかったんだ。見つけた当時は衰弱していて、サフィーリアを中心にケアが行われた結果、あの元気っ子になったのさ」
「衰弱、って事はその時点では親とはぐれてたのね」
「少なくとも3日くらいは飲まず食わずだったんだと思う」
成る程ね。偶然の保護と心優しい人達の治療によって無事小さな命は救われたということだ。
帝国兵を追い返した後ということはあの子も帝国と関わりが……?いや、流石にこれは深読みし過ぎね。
メルドラちゃんは予想出来る年齢の割にはかなりハキハキとモノを言う子だ。
朱莉の話だと、朱莉達が捕まえた帝国兵を見ても何も反応を示した様子は無さそうだし、帝国の関わりはメルドラちゃんに関しては無いと思っていいだろう。
それに朱莉をママと呼ぶ辺り、もしかすると本当に親の顔を知らない可能性もあるわ。
子供にとって、親は特別だ。好いても嫌っても親の顔を忘れられる子供はそうそういない。
「最初はリザードマンって魔族の子だとばかり思ってたんだけど、どうにも違うとわかってね。城に残った文献何かをひっくり返して、ようやくドラゴンじゃないかっていうのがわかったから手厚く保護をすることになったのさ」
「その割には人間界にまでついて来たみたいだけど?」
「あのわんぱくな性格は見ただろう?サフィーリアとガンテツさんには特に懐いていてね。2人と離れるのが嫌で、荷物の中に紛れ込んでたんだ。気付いた時には突入直前だったんだよ」
あー、確かにメルドラちゃんならやりそうだ。わんぱくで行動力の塊みたいな子だし、思っている以上に頭も良いんでしょうね。
何処かでパッシオ達の話を盗み聞きして、それを理解して荷物に紛れ込む作戦を思いつくなんて、普通は出来ないわ。
「朱莉は苦労してそうね」
「間違いないと思うよ。あのサフィーリアが時折絶叫してたくらいだからね」
あの物静かなサフィーリアさんが絶叫するほどの何かをやらかしたメルドラちゃん、中々のやんちゃっ子だというのはそれだけでわかる。
それの母親役を一手に引き受けているだろう朱莉の心労が心配だ。後で労いの品でも贈っておきましょうかね。
「それで?そっちは何か進展あった?」
「あぁ、少し大きな戦いがあるかも知れない。少し聞いてくれるかい?」
大きな戦い。それは聞き逃すわけにはいかない話ね。




