竜を操る者
ビクッと飛びかかって来たスカーの動きがその場で止まる。
何をしたでもない。ただ私が思いっきり練り上げた魔力を発散させただけだ。
けど、それだけで『隷属紋』に操られているスカーは動きを止めた。
「お、おい!!何をしている!!早くアイツを痛めつけろ!!」
「ぐ、グルル……!!」
操っているはずのボルザは言うことを聞かずに動きを止めたスカーに追加の指示を出すけど、スカーは前進どころか怯えるように後退りをする。
本能で分かっているのだ。今から自分が戦おうとしている相手は絶対に自分では敵わないということを。
これが『隷属紋』の弱点の1つだ。
「スカー」
「グルルっ!!」
「失せなさい。アンタの相手をしてるほど暇じゃないわ」
「……っ!!」
名前を呼び、意識を向けさせてこの場から立ち去るように威圧する。
それだけで、スカーは更に2、3歩後退りをして本当に飛び去ってしまった。
これで邪魔者はいなくなった。あとは目の前で困惑しているボルザだけだ。
「な、何をした?!なんであのドラゴンをお前が操れる?!」
「別に操ってないわよ。お願いしただけよ、邪魔だから退けってね」
圧倒的な力の差を見せつけて、退場を促した。実態はただそれだけだ。
当然、そんなことが出来るのは簡単なことじゃないし、ドラゴン相手にそれが出来るのは普通じゃない。
ドラゴンらしい理性や感情があるなら、むしろ戦闘態勢に入って戦いが始まるところだ。
スカーのような古い感性のドラゴンなら特にだ。
そんなスカーが一方的に圧力から逃げたのは『隷属紋』に操られているから。
『隷属紋』の弱点というのは、操られている対象の意思や性格が抑え込まれてしまうことにある。
意志や性格とは簡単に言えば自我や理性、知性だ。自分で考え、行動することを制限することで他者を操る『隷属紋』は本能を剥き出しにさせるみたいなモノだ。
知性や自我っていうプロテクトを機能不全にさせて、本能だけの生き物にしてしまう『隷属紋』は忠実な僕となる代わりに指示を出さなければ自ら動くことは出来ない。
何度も言うように自我や知性、理性を抑え込まれてしまっているからだ。
考える力は無く、自らどうしようこうしようとすることは出来なくなっている。
だからこそ、本能的に敵わないということを見せつける行為は効果がてきめん。
考える力は無くても生き物であれば本能はある。『隷属紋』でもそこは抑えられない。
死ぬまで戦えという命令は聞けるけど、それ以上に命の危機を感じる相手に挑みかかるほど、生き物の本能ってヤツはバカじゃない。
昔なら、絶対に敵わないなんて思わせることは難しかった。こんなやり方は裏技みたいなもんよ。
『隷属紋』に操られた相手にすら、恐怖心を植え付けるなんて事はね。
ま、簡単に言えば、スカーを威圧してわからせた。ってところね。ネットスラング的な言い回しだけど。
「そんなこと出来るわけないだろ!!」
「出来てるじゃない。現実に起きたことにイチャモン付けてんじゃないわよ」
駄々こねてるんじゃないわよ、ガキじゃあるまいし。
目の前で見せつけられた現実ってのが自分に不都合だからって有り得ないだのインチキだの騒ぐのは自分がバカだって自己紹介してるようなものよ。
現実は現実。タネも仕掛けもあるけど、起きた事を冷静に対処してこそ一流。
そんな基本的な心構えすら出来てないヤツが部隊長だなんて、帝国軍の兵練度は一体どうなってるのかしらね。
「黙って痛い目見ることね。アンタはもう一度私にボコボコにされるのよ」
「ふざけるな!!」
激昂して、怒りに身を任せたボルザが『隷属紋』を発動して私に投げ付ける。
成る程。魔法陣の新技術か。それなら確かにスカーが情けなくも『隷属紋』の支配下になったのも頷ける。
『隷属紋』は魔法陣という技術の一つだ。対象の身体に直接刻み込む事で発動、効果を発揮するんだけどそれには事前の準備がいる。
それこそ捕まえて直接刻んだり、刻むための魔法陣を用意して罠のように使ったりだ。
魔法陣を投げ付けて、身体に刻み込むなんて技術があれば確かに『隷属紋』は使い勝手の良い魔法に化ける。
「へへっ、ざまあみろ!!」
投げ付けられた『隷属紋』の魔法陣を受けて、私の身体には紋様が刻まれて行く。
こうして受けると厄介な魔法なのはよく分かる。まともな魔法少女なら抵抗も出来ずに『隷属紋』の餌食になるでしょうね。
『まともな魔法少女』なら、ね。
「残念だったわね」
「……は?」
黒紫の炎が身体から噴き上がり、『隷属紋』を焼き尽くす。
全てを焼き尽くす、『天幻魔竜 バハムート』の破壊の炎は『隷属紋』を跡形も無く消し炭にして見せた。
切り札すらあっさり破られて、阿保面を晒すボルザに『炎剣 ガラディーン』の切っ先を向けた私はいつものように寝てサボっているリオを叩き起こす。
【Slot Absorber!!】
そして起動するSlot Absorber。響き渡る電子音と灼けるような灼熱の魔力が辺りを覆う。
【『獅子』‼︎】
【『虎』‼︎】
【『狩猟彪』‼︎】
【『彪』‼︎】
【『射牙』‼︎】
【『米彪』‼︎】
【『天幻魔竜』‼︎】
飛び交う7枚のメモリー。どれもこれも、私と共に3年間鍛え上げた自慢の仲間達。
あの時とは比べ物にならないわ。ホントの炎。本気の炎。見せ付けるには小物だけれど、まぁ良いでしょ。
「『融合』」
【『獅子竜王』‼︎】
朱色と黒紫の炎に包まれて現れた私は荘厳な鎧と二本の大剣を手にした姿。
ただまぁ、これだけじゃあ無いのよね。ここまでは3年前に到達している。もっとこの上に私は至っている。
「光栄に思いなさい。同じ炎使いとして、見せてあげる。最強の炎ってヤツをね!!
『魔法具解放』ォッ!!」
それだけで噴き上がった炎は周辺10m程度を焼き尽くした。




