若き竜達
「先生は凄いね。スカーさんをあんな簡単に……。僕らじゃ絶対に敵いっこないのに」
「手玉に取るってのはああ言うことを言うのね。しっかり見て盗まないと」
私達は一塊になって、朱莉さんとスカー殿との戦いを観察しています。
勿論、他の若いドラゴン達も一緒です。憧れを口にするように漏らしたのは、私達の中でも特に気弱で臆病な性格のティス。
次に感心するように唸ってから、向上心を見せる女傑。レイナさん。
共に修行する若いドラゴンの仲間達は自分達を圧倒する実力を持つ古株のドラゴンであるスカー氏を、まるで意に介さずに余裕をもって対応し切っている朱莉さんの戦いぶりを観察します。
私、ヴァーミリオンことヴァンと最近行動を共にするゼネバは朱莉さんに連れられ、外界に出る事も多いため、朱莉さんの戦いを目にする機会はそれなりにありますが、他の仲間達はこれで2回目。
特に臆病なティスは初めてマジマジと見ることでしょう。
戦うことよりも、何かを作ったり想像したりするのを好む彼にとって、戦う術を学ぶ事は苦痛すら伴うだろうとも思っていましたが、存外彼は熱心に指導を受けているドラゴンの1人でもあります。
「ティス、アンタから見てどう思う?」
「どう、って。凄く綺麗だよ。一つの無駄もない技術がこんなに美しいだなんて。ホント、凄いよ先生は。ほら、見てよ。あの切っ先から漏れる焔。ただの攻撃の予兆じゃないよ。敢えて見せる事でわざと警戒させたり、そこから攻撃の派生を幾つも作るための布石なんだ。パッと見ただけでも、刀身を伸ばす、斬撃を飛ばす、炎を撒き散らす、斬撃の威力を上げる。きっともっと沢山ある。炎は燃やすだけじゃないんだ。極めると、あんなにも美しくて、強い」
「……相変わらずの観察力ね。私も負けてられないわ」
物凄い早口で語るティスの姿はここ最近見つけた彼の新たな一面です。
彼の感性はどうやら美しさに重きを置いているようで、強さに重きを置くことを良しとするドラゴンの中では異質とも言えるでしょう。
しかし、その美しさを追求する姿勢は素晴らしい観察力を発揮するのに役立っているようで、彼の観察力は私達が朱莉さんの超絶とも呼べる技術を理解するのに役立っています。
レイナさんはそんなティスに一目置いているようで、彼が得た情報を自らの技術の向上にあて、そうやって得た感覚を実技が苦手なティスに還元しているのを最近はよく見ます。
他のドラゴン達も朱莉さんの一挙一動に真剣な眼差しを向けています。
一部の者は未だに修行そのものに懐疑的ですが、朱莉さんの修行は事実として効率的に思いますし、先程は実力を付けていることを実感しました。
その修行の行きつく先。遥か遠くの極地に辿り着いた強さを間近に見れる幸運を理解出来ない愚か者はここにはいません。
敢えて言うなら、スカー殿がそれと答えますけれど。
「ぐうぅぅっ?!」
「勝負あり、ね。これ以上はいくらやっても無駄よ」
最終的にスカー殿は朱莉さんによって地面に縫い付けられ、その首元には剣の刃が肌に触れないギリギリのところで止められている。
首を落とされれば当然死ぬ。誰がどう見ても勝者は朱莉さんであり、スカー殿は手も足も出ないまま屈したというのが現実として突きつけられていた。
さぞやプライドはズタボロになっていることでしょう。里長に言われているから、里にいるだけで昔ながらの考え方を持つスカー殿にとって、敗北とは許されないものであるはずです。
恨みつらみが篭った視線を朱莉さんに向けているように見えますが、その本人は意に介している様子はありません。
当然の結果。100回やっても同じ結果を出す自信があることがうかがえるその様子もスカー殿の感情を逆撫でしているに違いありません。
「死ねぇっ!!」
それが限界に達したのか、とうとうスカー殿はブレスを朱莉さんに至近距離で浴びせます。
私達からは悲鳴に近い声が上がりますが、一部の者達は微動だにしません。
私やゼネバもその1人。私達が師事する人があの程度の悪あがきでどうこう出来るはずがありませんよ。
「ーーぎゃああぁっ?!?!」
「アンタ、本当にバカなのね。そこまでやらないとわからないなんてね」
煙の中から悲鳴を上げて逃げ出したスカー殿を尻目に、ドラゴンの力を使って外殻で全身を覆った朱莉さんが傷ひとつ無く出て来る。
片手にはへし折られた角が握られており、完全なチェックメイト。
決定的とも言える勝利に、私達は感動すら覚えるのでした。




