親父
咄嗟に手を伸ばしたが、間に合わない。ファルベガの投げたメモリーは真っ直ぐ親父のところへと飛んでいき、呆然と間抜けヅラを晒している親父の額に当たる。
「なにを……ーーっ?!」
自分が何をされたのか、全く理解していない親父が訝しんだ次の瞬間。親父の身体はビーストメモリーから注ぎ込まれた魔力によって変質していく。
俺の時と同じだ。いや、俺の時より酷いかもしれない。
辺りに撒き散らされてる魔力はまるで瘴気だ。澱み過ぎて毒にも思えるくらいには酷い魔力だってのは俺にすら分かる。
もっとわかる奴がいたら、その場で吐いてるかも知れねぇ。
【ーー暴竜】
無慈悲な音が耳に響いて来る。バキバキと音を立てて身体が組み変わっていく親父を俺は眺めていることしか出来ない。
鳥人族自慢の翼は崩れ、背中は硬い甲羅に覆われる。嘴は割れて牙になる。爪は鋭く、腕は太くなり、二本足で立っていたのが四足歩行になっていく。
みるみるウチに人とはかけ離れた姿になっていく。俺の時はもうちょっと自分の特徴が残っていたと思うが、親父のそれは一つも残っていない。
文字通り、見た目通りの化け物が、俺の目の前に現れようとしていた。
「さぁ、王になれるだけの力はあげたわ。存分に暴れて、恐怖で支配してみたら?」
「ギャアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!」
俺の身体が吹き飛ぶほどの咆哮を上げた親父は、更にその身体を肥大化させていく。
部屋の外まで吹き飛ばされた俺は呻きながら、自分の上に転がって来た瓦礫を押し退けて立ち上がる。
「親父っ!!」
「ガァァッ!!」
何とか呼びかけるが、全く聞いてる様子はない。俺だってこうなった直後は自我を保つなんて不可能だったからほとんど意味が無いのなんてわかってる。わかっちゃいるが、何もしないなんてのも有り得ねぇ。
どんなにクソでも、どんなに嫌ってても、親が目の前でバケモノにされて何にも思わねぇワケがねぇだろ!!
体躯が膨らんでもっと身体が大きくなる。もう見上げる程の大きさになると天井をぶち破って、いつのまにか黒く染まった夜の空になっていた外の景色が見える。
「ダメだ!!親父!!」
「無駄よ。あなたの声なんて一つも届いていないわ。あれだけ親和性が高いのなら、完全にビーストメモリーに飲み込まれるのも時間の問題ね」
このままじゃ外に出る。俺の時みたいに都合よくレジスタンスでも指折りの実力者がトゥランの街にいるとは限らない。
外に出て暴れれば被害が出る。それも人が死ぬような大きなものだ。
なんとかして止めたいが手段が無い。せめてもと呼びかけるがファルベガの言う通り、俺の声は相変わらずちっとも届いてやいない様子だ。
あのアバズレの言ってる事が正しけりゃ、親父はビーストメモリーと相性が良いらしい。俺よりも効果が出やすいって事なんだろうが、それは同時に正真正銘のバケモノになっちまうって事だ。
そんな事になってたまるか。あのクソ親父にはやらせる事が山ほどあるんだ。モノも言えないバケモノになんてさせられたら迷惑だ。
「テメェ!!なんのためにこんなことしやがる!!」
「ミルディースに力を付けられちゃ困る人が沢山いるのよ。私もそう。今のミルディースには混乱しててもらわないと」
「ミルディースの王になりたいんじゃねぇのかよ……!!」
「えぇ、そうよ。だから手段は選ばない。私は必ず女王になる。私こそが本物の王族なのよ」
こんな大きな事件を起こして、ファルベガに利点があるとは思えない。王になるって言うのなら人のためになることをして、多くの人から支持を集めるのが筋だろうと思ったが、どうもファルベガの考えは違うらしい。
奴にとって、王になるための手段や道のりはどうでもいいらしい。王になる、という結果さえ手に入れば良いって訳だ。
狂ってやがるぜ。そんな王になって、一体何がしたいって言うんだよ。
青灰色の瞳が爛々と輝いて、その口元は不穏に歪んている。どうみても真っ当な輩の顔じゃねぇぜ。
「ゥガアッ!!」
「ちっ!!」
巨体からは想像できないスピードで親父は外へと飛び出して行った。それを追うために、俺は倒れている小型魔車を引き起こして、発進用の魔法を起動させる。
問題なく動くな。これで追える!!
「アンタは後回しだ。あとでしっかり落とし前は付けさせるぜ」
「ふふっ、あなたに何が出来るのかしらね」
「だからといって何もしねぇ理由にはならねぇよ」
俺を嘲笑うファルベガに背を向けて、俺は小型魔車のアクセルを全開にする。親父を止める。そのことだけを頭に入れて。




