親父
下水道整備のための通路。そこに通じる隠し通路は俺が昔、この街を出て行ってやろうと画策して作ったモノだった。
ま、街の外に出たら出たで周りは野生動物まみれ。
何が食えるのかもわからないし、寝床もない。危な過ぎて、結局街にいた方がまだマトモだってことを体験してからはそんなものがあったことなんてすっかり忘れていた。
ただ、今こうして役立ってるんだから、何がどうなるかは分からないもんだぜ。
「いよっと……」
下水道に通じるマンホールの蓋を開けて、街の中に入ったことを確認。周囲に人がいないことを念のためにチェックもして、俺は無事トゥランの街の中に入ることが出来た。
さて、まずは根城にしてたところに行ってみるか。弟分達がどうなったのかが気になる。
開けたマンホールを閉じて、路地伝いに移動を始める。トゥランの街は文字通り庭だ。
路地の一本一本。隅から隅まで覚えてるから、大通りにまともに出なくても、暴走族として根城に使ってた場所に向かうことが出来る。
人目を避け、多少大回りになっても目的地にたどり着くことを優先したことで、時間はかかったが、無事辿り着くことは問題無さそうだ。
「昔はよくこうやって、大人達を撒いてたっけな」
問題を起こしたり巻き込まれたりしては、大人達に追いかけ回されていた日々では、こういう入り組んだ路地は格好の逃げ場所と隠れ場所だった。
日陰者の生き方だが、どのみちそうするしかなかった俺達にとってここはまさに生命線だった、ってわけだ。
昔の事を思い出しながら根城にしていた廃倉庫へと近付いていく。屋根が見えて来たところであそこで何をしたっけかなと考えて、鼻で笑う。
結局、あそこを根城にするころには俺は暴れ回ることに疲れ、飽きて、諦めていた。
何をしたってどうしたって、俺達は認められない。誰からも受け入れられることなく、叩きのめされて消えて行く。
街が豊かになればなるほど、俺達の地位は下がって行き、この街に不必要なものに成り下がっていく。
皮肉なことに街を豊かにしていくのは俺の親父だった。
最初は皆に頼られるカッコいいリーダーで、親父だったハズなんだが、気が付いたら机に座って踏ん反り返っているような嫌な奴になっていた。
トゥランが豊かになればなるほど、親父がトゥランを発展させればさせるほど、親父は権力と金に溺れていったように思う。
間違いなく敏腕だ。親父無しにトゥランがここまで発展する事は無かったと言える。
ただ、親父は発展のために犠牲や不利益を受ける人達の事を全く考慮しなかった。
最初は仕方のないことだっただろうよ。荒れた街を復興させるには多少の無茶や無理を通す必要があったんだと思う。
だけど、立派に発展した今のトゥランでそこまでして更に発展させる必要があるかは疑問だった。
元々トゥランは立地が良く、王都を含めた大都市の中間地点として、商人達が自然と集まって出来た市場街から始まっている。
商人が集まり、情報や品の交換、売り買いから発展したトゥランの街の原型は屋台ひしめくごった煮みてぇな街なんだ。
今のデカい建物が乱立するような街じゃなかった。なんならまともな建物なんて殆どありゃしない。掘建て小屋みたいな屋台がずらずらと並んでいる。
トゥランってのは誰でも商売が出来る自由な街だった。
それが親父がこの街を仕切るようになって、権力と金を振りかざすようになってから。
この街はどんどんと窮屈になっていった。
悪いことではない、と思う。ルールが整備されて、街として立派になることはそりゃ良い事さ。
ただ、親父は自分が金を稼ぎ、実績を得て権力を得るためにトゥランに大勢いた屋台で稼ぐ商人達をどんどん駆逐して、デカい商業用の建物を建てていった。
そうやって金と権力に溺れた親父は家族すら損得勘定で対応するようになって、そのうち俺やお袋をゴミみたいな扱いをするようになった。
暴走族になった連中だって、その殆どが帝国の侵略と親父の強行的な復興で親が職を失って路頭に迷った連中だ。
親父がトゥランを発展させて、変えれば変えるほど、豊かになる連中とそうじゃない連中の差が広がる。
誰もが平等で自由だったトゥランの街はもう親父がいる限り無理だ。
「コイツは……」
ガラにもなく、ごちゃごちゃと考えているウチに根城にしてた廃倉庫にたどり着く。
考え過ぎたのか、ちと疲れた気がするぜ。慣れねぇことはするもんじゃねぇ。
とにかく、俺は俺のやって来たことと、親父がやってることに話を付けたい。そういうことなんだが、現状を確認するためにやって来た元根城はビックリするくらいまっさらな更地にされていた。




