世界の穴
「そうなんですね。お姉様は、最期の最期まで私を……」
「良い奴だったよ。口は悪りぃけど『優しさ』って名前のメモリーになってんのは頷ける。誰よりも厳しくて、優しい奴だった。……って、それはサフィーの方がわかるか」
3年前の戦いの後、ウチと真白、真広の3人はメモリーの中にいる人達との意思疎通をそれっきりにすることに決めた。
理由は簡単。死んでるはずの連中と意志の疎通を出来ちまうって状況が倫理にも摂理にも反していると判断したからだ。
真白は自分の両親と『勝利』『希望』『誇り』のそれぞれのメモリーの中にいる妖精達と、私は『優しさ』のメモリーに宿るテレネッツァと。
真白の『繋がりの力』を使って『花園』と呼ばれる内面世界?で直接顔を合わせて、話し合って。
全員が納得して、全員に眠りについてもらった。
先人から学ぶことは多い。でも技術を活用したり、意思を引き継いで大きなことを成し遂げるならまだしも、直接死んだ人の意思が現在や未来に作用するのはおかしいだろ?
だってもう死んでるんだ。死人に口なし。死んでるヤツが現実に口出し出来たら世の中はめちゃくちゃになっちまう。
その特権を、ウチらだけが享受するわけにもいかねぇよ。メモリーと『繋がりの力』っていう本来想定されてない力の運用方法で生まれちまった死者との交流。
悪用するヤツは山程いるだろ。それがウチらになる可能性だって否定出来ない。
だから、まだまともな内にウチらはケリをつけて、この事実を墓まで持って行く事にした。
その時の最後の会話をサフィーに伝えた。
「テレネッツァにはウチも散々助けられた。おかげで迷った時もすぐに出口を見つけられた。スゲーよ、お前の姉は」
最後の最後まで、テレネッツァが気にかけているのは私達とサフィーのことだった。
怪我には気を付けろ。無茶はするな。迷った時は歩みを止めて良いから気持ちを下げるな。顔を上げて周りを見渡せ、だの何だの。
覚えられねぇくらい色々言われた。アイツからすりゃウチですら妹みたいに心配で庇護の対象ってわけだ。
真正のお節介焼きだよ。
真白とはまた違ったタイプの誰かのために、精神の持ち主だった。
喋れたのは本当に短い間だったけど、テレネッツァから受け取ったモノは確かにウチの中に流れてる。
率先してメディアに出て魔法少女のイメージ向上とか、魔法についての解説なんかしてるのもそういうとこからだ。
「まさか、こうやってサフィーとウチが出会うなんてな。誰も予想してなかったけど、良かったぜ。今はまだコイツは返せねぇけど、この戦いが終わったら『優しさ』のメモリーは……」
テレネッツァには後悔があったのは確かだったが、こうしてウチとサフィーが出会えた事で少しは報われたんじゃねぇかなと思う。
それに、こうなればこのメモリーを持っているべきなのはウチじゃねぇ。
戦いの最中の今は返せねぇが、全部終わったら『優しさ』のメモリーはサフィーに返す。
そう伝えようとした時、『優しさ』のメモリーを遊ばせていたウチの手にサフィーの手がそっと乗せられ、首をふるふると横に振りながらウチに押し返す。
「いいえ、そのメモリーは碧お姉様。貴女が持ってこそ真価を発揮する物。テレネッツァお姉様もそれは望みません。どうか、碧お姉様の力として最後までお持ちください」
「でもよ、これはお前の……」
「私はサフィーリア・ノブル・アグアマリナ。テレネッツァお姉様の妹です。私は私の力で、しっかり立たなければお姉様に見せる顔がありません」
強がりだなぁ、と素直に思う。半分泣いているような顔で言われても説得力が無いぜ。
でもそれがサフィーの答えなら、尊重してやるのがウチの役割か。
このメモリーを持つのなら、姉として恥ずかしいこと一つでもしたら蹴飛ばされちまう。
「良い妹を持ってんな、お前も」
強がりでも強くあろうとするサフィーを見て、テレネッツァも喜んでるだろうよ。




