最終話 若き魔術師は伝説を作り続ける
ユールたちが王都を発ってから三年が経過した。
夫婦となったユールとエミリーは王国各地を回り、その能力を存分に発揮した。時には難問奇問に直面することもあったが、二人は協力してことごとく突破してみせた。
旅の最中、ユールの故郷であるパトリ村にも立ち寄り、結婚の報告をすることができた。ユールの両親は大いに喜び、村をあげて祝福してくれた。
そして、二人はフラットの町に到着した。
多忙な日々が続いたが、ひとまず落ち着いたので、手紙を送り、フラットの町に立ち寄ることにしたのだ。
季節は奇しくも、初めてフラットの町に来た時と同じ春であった。
「この町も久しぶりね」とエミリー。
「ホントだね。みんな元気だといいけど……」ユールも懐かしむ。
二人とも、この三年で心身ともに大きく成長した。
そして二人の傍らには――
「吾輩もこの町に来るのは久しぶりだ」
ガイエンがいた。
「なんでお父様が来てるのよ……」エミリーが目を細める。
「お前たちから『近くフラットの町に立ち寄る予定です』と手紙が来たからな。騎士団の情報網を駆使し、お前たちが来る日を予想し、こうして見事鉢合わせることができたというわけだ」
「騎士団はどうしたの?」
「しばし休暇を取った」
「相変わらずね、お父様は」
「今はもうレスターにほぼ全てを託してあるし、吾輩は団長といっても、“顧問”のようなものだからな」
ユールがガイエンの体を見る。
「でもすごいです。もう50を過ぎたのに、体からは覇気がみなぎってますね」
「ハハハ、まあな。お前たちが各地で活躍しているニュースを聞くと、嬉しくて吾輩も若返る気分だ」
「我が父ながらホント化け物だわって思うわ」
「コ、コラ、エミリー! 久しぶりに会った父に化け物呼ばわりとは何事だ!」
「ごめんごめん、じゃあモンスター」
「あまり変わっておらん!」
「アハハ、まあまあ。じゃあエミリーも、お父さんも、町に行きましょう!」
ユールがエミリーを呼び捨てたことに、ガイエンが反応する。
「ほう、ユール。ついにエミリーを呼び捨てできるようになったか」
「ええ、やはり妻をさん付けするのは格好がつきませんから」
「だいぶ苦労したけどね」エミリーがクスリと笑う。
ユールが呼び捨てを決意してから、できるようになるまで一ヶ月はかかったという。
「さ、さあ行きましょう!」
***
町に入るといきなり、大勢が出迎えてくれた。
皆がユールたちを待ち焦がれていたのだ。
今や自警団団長として立派に職務をこなすゲンマ。
「ようユール! エミリーとおっさんも! みんな元気そうで嬉しいぜ! お前もすっかり貫禄ついたよなぁ、もう“大魔法使い”って感じだぜ!」
「ゲンマさんこそ! ヒゲなんか生やして……」
「まあな! これでも団長だし貫禄つけないとな!」
「自警団、盗賊団を返り討ちにしたり大活躍のようだね」
「へへっ、だけどお前らには負けるよ! どこぞのイカレ集団が間違えて召喚しちゃった大悪魔を退散させるとか、魔法で犯罪をやってた秘密結社を壊滅させるとか、火山の神と交渉して噴火を鎮めるとか、次々武勇伝を作りやがって!」
「ありがとう、ゲンマさん」
ゲンマの側近であるニックも健在だ。彼もずいぶん剣の腕を上げた。
「エミリーさんのことも聞いてるっすよ。奇病が流行ってる村を救ったり、あと不治の病だった病気の特効薬も作ったそうで」
「まあね~、これからも頑張らなくちゃ」
実績を重ねているのはユールだけではない。妻エミリーも着々と薬師としての腕を上げている。
女剣士スイナも、今はフラットの町には住んでいないが、近くユールたちがやってくることを知って来てくれていた。
「ユール殿、本当に逞しくなられた。三年前の時点でも魔法使いとしては一流だったのに、あれからさらに強くなられるとは」
「ありがとう」
「是非手合わせを」
「それはちょっと……。でも、いつか手合わせしようね」
スイナは今ではさまざまな公式試合に臨み、優勝、入賞を重ね、結果を出している。
“女剣士スイナ・キリア”の名が王国中に轟く日はそう遠くはない。
「ユールさん、ずいぶん魔力を上げましたね!」
「私たちも勉強してるけど、まだまだ敵わないな」
イグニスとネージュも自警団として活動している。同時に魔法を本格的に勉強してもいる。魔法学校への入学なども検討しているようだ。
「君たちさえよければ推薦状を書くよ。僕の名前があれば、大抵の魔法学校は受け入れてくれるから」
「ハッハー、マジですか! ありがとう、ユールさん!」
「魔法を学びたいという人にチャンスを与えるのは、王国所属の魔術師として当然のことだよ」
有望な後輩に、ユールも優しく微笑む。
「ユール君、かっこよくなったね! 見違えたよ!」
「ブレンダさん!」
ブレンダは相変わらず酒場の女主人である。
だが、魔法の鍛錬は続けているようで、町に危機が訪れた時は彼女も立派な戦力となるという。当然、暴れる酔客程度なら、水魔法で簡単に追い出してしまう。
エミリーもノナに声をかけていた。
「ノナちゃん、大きくなったわね~」
「えへへ、まあね!」
ノナは薬学の勉強に励んでいるとのこと。そして近く学校に通い、エミリーのような薬師を目指すという。
「あたし、決めたの! エミリーお姉ちゃんのような薬師になる!」
「ノナちゃんなら絶対なれるよ!」
エミリーはノナならば自分の後継者にもなれると、確信を持っていた。
町役場の面々も総出でユールを迎える。
町長ムッシュと町役人ハロルドは、すっかり朗らかな表情になっている。彼らの手腕でフラットの町はさらなる発展を遂げている。
「ユール君、ますます立派になられた」ムッシュが笑いかける。
「ありがとうございます、町長さん」
「あなたがたの活躍を耳にするたび、私まで嬉しくなってしまいましたよ」とハロルド。
「ハロルドさんこそ。フラットの町は以前よりさらに活気に満ちていますね」
ユールにとって、フラットの町は思い入れの深い町である。故郷といってもいい。町の発展はまるで自分のことのように嬉しかった。
町にはティカとリンネも来ていた。並んで立って、ユールたちに笑顔を見せている。
「ティカ君! リンネちゃん!」
ティカは身長が伸び、リンネも銀髪が映えるように美しく成長している。
「ティカ君はあれからエルフの集落に戻ったの?」
「まあね。メチャクチャ怒られたよ。でも……許してもらえた」
「リンネちゃんも幻術士の里に?」
「うん。一度戻って『幻術士だって皆の役に立てる』って一生懸命みんなに話したんだ。そしたら……少しずつでもいいから、自分たちのやれることを見つけていこうって、みんなその気になってくれた」
迫害された過去を持ち、活気を失っていた幻術士の里も、リンネの説得で変わりつつあるようだ。
「それで、二人は今一緒に?」
「まあね。変わり者同士、気が合っちゃって」
ティカが朗らかに笑う。
「ボクも……ティカのことが好き」リンネも顔を赤くする。
すると、エミリーが割り込んでくる。
「ティカ君のどのあたりが好きなの?」
「う~ん、色々あるけど……やっぱり耳」
「耳かよ!」
思わず突っ込んでしまうティカであった。
住民との再会も果たし、ユールたちはブレンダの酒場に向かう。
「よし、今日は吾輩の……」
「みんな、今日は僕のおごりだ! ジャンジャン飲んで食べてね!」
ユールに先を越され、悔しがるガイエン。
「ユールめ……! 吾輩の見せ場を……!」
「え、す、すみません!」
「とても50を過ぎた騎士団長の姿には見えないわ……」
久しぶりに会った父の変わらない大人げなさに、エミリーは呆れるのだった。
***
酒場に移動した一行。全員がテーブルやカウンターに座ると、酒場内はもはや貸し切り状態になる。店に入りきらなかった人たちも一丸となる。
みんなグラスやジョッキを持って盛り上がろう、となるが――
「ブレンダさん、ごめんなさい。私、お酒はパス」
「エミリーちゃん、下戸ってわけじゃなかったよね。ってことはもしかして……」
ブレンダは事情を察する。
「うん、ユールとの子供……できたみたい」
お腹をさするエミリー。
皆が喜びの声を上げるが、一番大きな声を出したのはやはり――
「なあにいいいいいいいいいい!!?」
ガイエンだった。
「本当か、ユール!?」
「本当です。まだごく初期ですけど、間違いありません」
これを聞くと、ガイエンは神妙な表情でうなずく。
「そうか……。ユール、エミリー、男の子でも女の子でもかまわん。幸せにしてやるのだぞ」
「はいっ!」
そして、エミリーが顔を赤らめながら言う。
「でさ、やっぱり子供の名付け親にはお父様になって欲しいなって思ってて……」
「なんとぉ!?」
驚くガイエン。驚きすぎて、コップに入った酒をこぼしてしまう。
「僕からも是非お願いします!」
「うむむ……分かった。引き受けよう」
大役を任された騎士団長を、皆が囃し立てる。
「おっさん、こりゃ責任重大だ!」手を叩くゲンマ。
「いい名前つけて下さいっす!」ニックも続く。
「ガイエン殿、どうか素晴らしい名前を!」スイナも祈るような声を出す。
「まあまあ、まだ当分先の話なんだから」
エミリーは明るく笑うが、ガイエンは深刻な表情でぶつぶつと言葉を漏らす。
「ユールとエミリーの子供だからユミリー……あるいは、エミール。いや、これは安易か? いっそ吾輩の名前から文字をつけるのも、いやそれは出しゃばりか……。ううむ、ユールの両親にもきちんと相談して……」
思考の泥沼に嵌まるガイエンを、ユールが慌てて止める。
「お父さん、まだ先のことですから!」
「しかしだな……!」
「とにかく今は飲みましょう! じゃあフラットの町の皆さん、楽しみましょう!」
「ええい、飲むとするか!」
「ふふっ、これからもよろしくねユール! いつまでも元気でねお父様!」
宴はもちろん大盛り上がりとなった。
その盛り上がりは、今後の彼らの行く末を示しているかのようであった。
リティシア王国の自由魔術師ユールは、これからも妻エミリーと共に、己の魔法を人々のために使っていくだろう。
王国のために、魔法を極めるために、尊敬する父であり騎士団長ガイエンを超えるために。
そして、多くの人を救い、伝説を作り続けていくことだろう――
おわり
魔術師ユールの物語、これで完結となります。
最後までお読み下さいましてありがとうございました。
楽しんで頂けたら評価・感想等頂けると、大変嬉しいです。
また、今後も様々な作品を書いていきたいと思っています。
是非ともよろしくお願いいたします!




