第80話 お父さん、娘さんを僕にください!
騎士団の訓練場で、若い騎士たちが小声でつぶやく。
「すっげえな。ガイエン団長とレスター副団長……」
「ああ、特にガイエン団長はとても50近いとは思えないよ」
団長に復帰したガイエンと副団長レスターが激しく木剣で打ち合う。
「ぬああああああっ!」
「でやあああああっ!」
互角の攻防の後、間合いを取る。
「腕を上げたな、レスター。動きを封じられることがなければ、クーデターもお前の力で鎮められただろうに」
「いえ、まだまだ団長には敵いませんよ、色んな意味で。これからも勉強させてもらいます」
ガイエンの一撃をレスターがかわす。
「ところで団長」
「ん?」
「今夜エミリーさんとユール殿が二人で団長の邸宅に来られるとか……」
「ああ、一体どんな用なのやら」
とぼけるガイエンに、レスターが意地の悪い笑みを浮かべる。
「団長、本当はどんな用か分かっているのでは?」
「……!」
ガイエンは突然取り乱す。
「そんなことあるかぁ! 吾輩、どんな用なのかなんてちっとも分からんぞ!」
剣をブンブン振り回し、それでいて全く隙がないので、レスターは戦慄する。
「おおっ!? 団長が新たな剣を開眼なされた!」
***
その夜、ルベライト家の邸宅のリビングで、ガイエンとユールがソファに座り、向かい合っていた。
エミリーがトレイに飲み物を持ってやってくる。
「お待たせ。さ、始めましょうか」
まずはユールが切り出す。
「あ、あの……宮廷魔術師改め自由魔術師のユール・スコールと申します!」
ガイエンも緊張した面持ちで答える。
「吾輩は騎士団長、ガイエン・ルベライトと申す者!」
二人とも声が上ずっている。
「一年間、同じ家で暮らしてたとは思えないやり取りね……」
フラットの町での一年はなんだったのかとエミリーが苦笑する。
ガイエンが口を開く。
「ユールよ、新しい宮廷魔術師の選抜はどうなった?」
「無事終わりました。新しく入った魔術師は才能に溢れ、やる気もあり、国王陛下や王太子殿下のために立派に働くと思います」
「うむ、そうか。よくやった」
気まずい沈黙。
「お父さんこそ騎士団長に復帰しましたが、いかがですか?」
「今回のクーデターでは騎士団は不甲斐ないところを見せてしまったからな。吾輩直々に鍛え直しておる。レスターや他の騎士も、みんな名誉挽回に燃えておるよ」
「それは何よりですね。やはり騎士団は、国の平和の象徴ですから」
気まずい沈黙。
お互いこんな世間話をしたいわけではないのだが、なかなか本題に入れない。
そして、ついに――
「お父さん」
「む」
ユールが真剣な表情になる。
「この一年間、本当に色々なことがありました。フラットの町での一年で、僕は大きく成長できたという自負があります。初めてあなたと出会った時の自分とは違う、と断言できる自信がつきました」
「……」
「先日、僕はエミリーさんにプロポーズをしました。エミリーさんからは、いい返事をもらうことができました」
「……」
「しかし、やはりあなたに認めてもらいたい。だから、言います」
ユールがまっすぐガイエンを見据える。
「お父さん、娘さんを僕にください!」
ガイエンは黙ったままだ。やがて、ゆっくりと口を開く。
「ユールよ……」
「はい」
「この世で我が娘エミリーを託せる男がいるとしたら、それはお前しかおらん。お前以外に考えられぬ」
ガイエンはユールに対し、“男”として最上級の評価を下した。
「こちらこそ……エミリーをよろしく頼む」
「……はい!」
エミリーが笑う。
「これはもう“仮認め”ってことじゃなくていいのね?」
「え? いや、その、えぇと……」
「往生際が悪いわよ!」
「う、うむ! 仮ではない! 本認めだ! 結婚でもなんでもするがよい!」
「よかった! ね、ユール!」
「うん……やっとお父さんに認めてもらえて嬉しいよ」
「お父様はとっくの昔にユールのことは認めてたと思うけどね」
「野暮なことを言うな、エミリー!」
「アハハ……」エミリーが笑う。
「さてエミリー、こうなったら酒だ。酒を飲もう」
「いいの?」
「うむ、お前たち二人の門出を祝って、パーッとやろうではないか!」
「じゃあお酒と料理用意するわね」
「僕も手伝うよ」
「ありがと、ユール」
ユール、エミリー、ガイエンの三人は大いに飲み明かした。
その後、やはり人生の転機ということで、ユールたちはささやかな結婚式を挙げた。
ユールの魔術師仲間、エミリーの社交仲間、ガイエンの騎士団が、祝福してくれた。
フラットの町住民を招待したいという思いもあったが、気軽に来られる距離ではないし、彼らにも生活がある。なので、やめておいた。
程なくして、ユールとエミリーは王都を発つことになった。
自由魔術師として、まずは国中を見て回り、自分に何ができるかを見極めねばならない。
宮廷魔術師時代より遥かに険しい道となるだろう。
「では行ってきます!」
「またね、お父様!」
「うむ、気をつけて行け!」
ユール夫妻はうなずくと、王都を旅立つ。
ユールがフラットの町で見つけたやりたいこと――魔法で人々を助け、王国をよりよいものにする。
そのための旅が幕を開けたのである。




