第78話 さようならフラットの町
国王直々に自由魔術師に任命されたユールは、その拠点を王都に移すことになる。
正式に魔法相談役の任を解いてもらう必要があり、いくらかの準備もあるということで、ユールたちは一度フラットの町に戻った。
まずユールは町役場に向かう。
生真面目な町役人ハロルドに挨拶をする。
「ハロルドさん、今までありがとうございました」
「こちらこそ、ユールさんには本当にお世話になって……」
ハロルドの目はうっすら潤んでいるように見えた。ユールはそれが嬉しかった。
その後、町長ムッシュから正式に任を解いてもらう。
「ユール殿、町長の名において、あなたをフラットの町『魔法相談役』の任から解きます。一年間、本当にお疲れ様でした」
「こちらこそ、この町では多くのことを学ばせてもらいました」
「またぜひ、町にも遊びに来て下さい」
「はい、町長さんも、イグニス君、ネージュちゃんとどうか仲良く……」
町役場の人々から惜しまれつつ、いくつかの花束をもらい、ユールは役場を後にした。
***
そして、ユールは自宅だった家に向かう。
一年間も過ごすと、さすがに愛着が湧く。
「僕はよくここで瞑想してたなぁ……」
「私はこの机をずっと使ってたわね」
「この床でよく腕立て伏せをしたものだ」
ユール、エミリー、ガイエンはそれぞれの過ごし方を懐かしむ。
秋にユールたちが描いた絵も飾ってある。
ユール作のリンゴの絵、エミリー作の木の絵、ガイエン作のユールとエミリーの絵。
「エミリーさん、これは持っていこうか」
「そうね!」
「よし、荷物をどんどん馬車に詰め込んでいくぞ!」
着々と引っ越しの準備を進める三人。
片付けると、ユールは家に頭を下げる。
「一年間、どうもありがとう」
エミリーとガイエンも同じように頭を下げた。
***
フラットの町を正式に発とうとするユールたちの元に、大勢の住民が集まってくれた。
ユールは一人一人と言葉を交わす。
チンピラから自警団団長となったゲンマと握手をする。
「ゲンマさん、どうかみんなと一緒にこの町を守って欲しい」
「おう! 国を守るお前ほどじゃねえけど、何とかやってみせるぜ!」
その忠実な弟分、ニック。
「ニック君、ゲンマさんを支えてあげてね」
「うっす! 兄貴は俺がいねえと、すぐ暴走しちゃうから!」
「うるせえぞ! ……だが、よろしく頼むぜ!」と笑顔のゲンマ。
酒場の女主人ブレンダもユールたちを見送る。
「ブレンダさん、またお酒飲みに来ますから」
「ああ、ユール君たちならいつでも大歓迎だよ」
町長の息子であり、ユールの弟子でもある魔法使いイグニス。
「イグニス君、君には期待してるよ。鍛錬を続ければ、必ずすごい魔法使いになれる」
「ハッハー、いつかユールさんに追いついてみせますよ!」
そんなイグニスのことが大好きな妹ネージュ。
「ネージュちゃんも、お兄さんと仲良くね」
「はいっ! ユールさんもエミリーさんとお幸せに!」
エミリーに師事した花屋の少女ノナ。
「ノナちゃん、エミリーさんから学んだことをどうか生かして欲しい。そして、エミリーさんに色んなことを教えてくれてありがとう」
「うん! あたし、絶対すごいお薬作れるようになる!」
ガイエンを慕う、最強を目指す女剣士スイナ。
「スイナちゃんはしばらくこの町に住んで、やはり旅に?」
「ああ、そうするつもりだ。たくさん試合に出て、多くの人と立ち合い、強くなっていきたい」
エルフの少年ティカにも声をかける。
「ティカ君にもお世話になったね。出会った頃に比べて、本当に立派になった」
「へへ、ありがとう。ユール兄ちゃん。元気でね」
少なからずユールに好意を持っていた幻術士リンネ。
「リンネちゃん、どうかお元気で」
「うん、ユールもエミリーと幸せになってね。ボクも幸せになるから!」
うなずくユール。
そして、ユールたち三人は馬車に乗り込む。
大勢の惜しむ声、励ます声を浴びて、馬車は出発する。
「皆さん、お元気で!」手を振るユール。
「さようなら、皆さん!」同じく手を振るエミリー。
「達者でな」とガイエン。
フラットの町がどんどん小さくなっていく。人々が小さくなっていく。
エミリーがユールの異変に気付く。
「あれ? ユール、もしかして泣いてる?」
「うん。やっぱり一年間過ごした町だしね。でもエミリーさんも……」
エミリーの目もうっすら涙ぐんでいる。
「まあね……。ホントにあの町が好きになっちゃったから。だけど、だからこそ甘えちゃいけないのよね。魔法使いや薬師としてやっていくなら色んな環境に身を置いた方がいいに決まってるから」
「うん……」
ユールがふとガイエンを見る。
「お父さんはどうですか?」
ガイエンは目から滝のような涙を流していた。
「え」
「年取ると、涙もろくなっていかん! 若い頃ならばこんなことには……!」
「顔が砂漠化しちゃう勢いで泣いてるじゃない!」
エミリーも驚く。
「うるさい! エミリー、ハンカチをよこせ!」
「ああ、もう……はい!」
涙を拭くガイエン。
ユールはそんなガイエンを見て微笑む。本当にいい町だった。
ありがとう、フラットの町。さようなら、フラットの町――




