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第77話 戦いが終わって

 モルテラを倒したユールはティカに支えられながら、城内のエントランスにいたガイエンやゲンマたちと再会する。


「みんな……無事だったんだね」


「おうよ! ガイエンのおっさんが来なかったら危なかったかもしんねえがな!」ゲンマが答える。


「ユール殿もモルテラという魔法使いを倒したのか?」


 スイナが確認すると、ユールはうなずく。


「うん……どうにかね」


 皆が歓声を上げる。


「さすがユールさんっす!」

「ハッハー、すげえや!」

「よくやったよ、ユール君」


 そして、騎士団と共にエミリーが駆けつける。


「ユール!」


「エミリーさん……!」


「ボロボロじゃない……だけど無事でよかった」


「ありがとう……。エミリーさんの薬のおかげで……勝てたよ」


「ユールったら……」


 ユールとエミリーが抱きしめ合う。

 エミリーもずっと不安だったのだ。思わず涙がこぼれる。


「よかった……。ユールが生きててよかった……」


 これを見て、その場の全員が微笑む。

 ティカは少し面白くなさそうな表情だ。


「あーあ、オイラも頑張ったんだけどな。ま、ユール兄ちゃんの戦いはホントにすごかったししょうがないか」


 するとリンネが近づく。


「だったらボクが褒めてあげるよ、よくやったねティカ」


「あ、ありがとう」


「ついでに耳を触らせて」


「なんで!?」


 耳を触られ、戸惑うティカだった。


 ガイエンもユールに声をかける。


「ユールよ……」


「お父さん……」


 ガイエンを見たとたん、ユールの足元がふらつく。どこか安心した部分があるのだろう。

 すかさずガイエンが支える。


「よくやったぞ!」


「ありがとうございます……」


「ゆっくり休んで。あとは私たちで何とかするから」


「う、ん……エミリーさん……。お願い……」


 ユールはエミリーとガイエンに支えられたまま、意識を失った。



***



 ユールは城の一室で目を覚ました。

 傍らにはエミリーとガイエンがいる。


「あ、よかった。目を覚ましたのね」


 エミリーがユールに微笑みかける。


「エミリーさん、僕は……?」


「丸一日ぐらい眠ってたわ。よっぽど疲れてたのね」


 そして、クーデターのことを思い出す。


「あっ、クーデターは……!」


「全部解決したわよ。マリシャス、モルテラを始めとする主要メンバーは捕縛されて、他の戦力も倒されるなり、捕まるなりしたわ」


「そうか……よかった」安堵するユール。


「それとね、ユール。目を覚ましたら、伝えて欲しいって言われてたんだけど……」


 エミリーが遠慮がちに話題を切り出す。


「国王陛下と王太子殿下がユールと話をしたいらしいの」


「お二人が……!」


「お前はまだ起きたばかりだ。もう少し休みたいだろうし、そうであれば吾輩からお二人に伝える。どうする?」


 ガイエンもユールを気遣っている。

 ユールは少し考えてから、


「お会いします。謁見をさせて下さい」


「大丈夫? 無理しない方が……」エミリーが心配する。


「うん、平気。ぐっすり眠ったからね」


 回復具合をアピールするように、腕を振り回すユール。


「分かった。ならば、お二人に今から謁見できるとお伝えしよう」


 ガイエンが部屋を出て行く。

 ユールも寝間着からローブに着替えると、謁見の間に向かった。



***



 謁見の間。

 玉座に座る国王リチャード。そしてその傍らに第一王子リオンがたたずむ。

 二人もクーデターで散々な目にあったが、すでに威厳を取り戻し、王族としての職務を再開している。

 多少反逆を起こされたぐらいでへこたれてはいられないというタフネスがうかがえる。


 マリシャスのように赤髪で、赤髭の国王リチャードがおごそかに告げる。


「ユール・スコールよ、我が息子マリシャスと宮廷魔術師モルテラによるクーデターを阻止できたのは、おぬしの力によるものが大きいと聞いている。本当に感謝している」


 二人が頭を下げる。

 国のトップ二人から頭を下げられ、ユールも慌てて頭を下げる。


「マリシャスやモルテラを始め、主だった者たちは今後裁判を受け、しかるべき処置を下すことになるだろう」


 しかるべき処置というのが、おそらくは命で贖うことになることは間違いない。

 二人をよく知っているユールとしては心に暗いものも浮かぶが、一歩間違えれば本当に国家が転覆していたかもしれないことを考えればやむを得ない。


「さて、おぬしを呼び出した本題に入ろう」


 ユールも気を引き締める。


「ユールよ……一度追放の憂き目にあわせたおぬしにこんなことを言うのは無礼だと重々承知している。承知していながら、余から頼みがある。また……“宮廷魔術師”として働いてもらえないだろうか?」


 リオンも続く。


「私からもお願いする。お前の魔法の腕は今や王国で一、二を争うものであることは間違いない。再び宮廷魔術師となって、我が国を支えてもらえないだろうか」


 ユールは神妙な表情のまま答えない。

 国王と王子も返事を急かすことはしない。

 やがて、ユールは口を開いた。


「申し訳ありません。今すぐここで答えるというのは難しいです」


 リチャードはうなずく。


「うむ、すぐ答えられるものではない。よく考えて欲しい。もちろん、これは強制ではない。どういう選択をするにせよ、余はそれを尊重するつもりだ。おぬしにはその権利がある」


「ありがとうございます」


 ユールの謁見は終わった。



***



 ユールたちやフラットの町住民は城で寝泊まりすることになった。ゲンマたちは初めての城で大いに騒いでいたが、ユールは悩んでいた。

 今のまま“魔法相談役”でいるのか、それとも“宮廷魔術師”に戻るのか、自身の考えを決めかねていた。


 夜中、ユールはこっそり外出した。

 考えをまとめるため、城の敷地内を歩き回る。しかし、結論は出ない。

 すると――


「ユール」


「エミリーさん!」


 エミリーに声をかけられた。


「なんだか悩んでる風だったから気になってたんだけど、やっぱり何か悩んでるんだ」


「うん……」


「陛下との謁見、内容は想像つくよ。宮廷魔術師に戻ってくれって頼みだったんでしょ?」


「さすがだね、エミリーさん」


 エミリーはお見通しだった。


「どうするかについては、私からは何も言ってあげられない。だけど……私はユールについていくよ。どんなことがあっても」


「ありがとう、エミリーさん」


 さらに二人に声をかける人間がいた。


「よぉ、お二人」


「ゲンマさん!」


 現れたのはゲンマだった。彼も囮部隊のリーダーとして、クーデター阻止に大きく貢献した。


「トレーニングしてたら、たまたま見かけちまって」


「ゲンマさん、肋骨を折られてたはずじゃ……それでトレーニングを?」


「あ、いや、治療はしてもらったから……」


 トレーニングというのは嘘で、ユールを追ってきたのはバレバレであった。


「ユール、お前に伝えたいことがあってな」


「うん」


「お前がどういう道に行くかは分かんねえ。フラットの町にいて欲しいって気持ちはもちろんある。だけど、俺たちのことなら心配ねえから!」


「!」


 ゲンマの言葉というより、フラットの町住民の総意のような言葉だった。

 彼らとて、ユールが自分の道を思い悩んでいることはとっくに感じ取っていた。


「いつまでもいて欲しいって気持ちもある。だけどいつまでもお前に頼っちゃいけねえって気持ちもある」


「頼るだなんてそんな……」


「だから……自分の道を決める時にあんまり俺らのこととかは考えるなよ! じゃあな!」


 ゲンマは走っていった。

 魔法と薬で治療はしたが、傷が痛むのか、「いてて……」という声を残して。


 エミリーがユールに顔を向ける。


「じゃ、そろそろ城に戻ろうか」


「そうだね」


 城内に戻る二人。


 この時すでにユールの決心は固まっていた。



***



 翌朝、ユールは再び謁見をした。

 そして、リチャードとリオンに自分の考えを述べる。


「私はフラットの町の『魔法相談役』を降りようと思います」


 国王リチャードが顔にわずかに喜びをにじませる。


「そうか。ということは宮廷魔術師に戻るというのだな?」


「いいえ……それは少し違います」


「む?」


「私は、宮廷だけでなく王国全土の人のために働く魔術師となりたいのです」


「王国全土……!」


 リチャードもリオンも驚く。


「私の魔法を必要とする人がいるならば、東へ西へ。まるで騎士団のように駆けまわる。そんな役職を作って欲しいのです」


 ユールは語る。


「私はこの一年で、王都と地方には多くの格差があると感じました。王都出身の者や役人が地方で好き放題に振舞う。王都の加護が行き届いていない。そんな状況を打開していきたい。今回のクーデターも、格差が一因だったように思います」


 モルテラのことを思い浮かべるユール。


「ですから私は宮廷のためだけではなく、王国のために働く魔術師となりたい。そして私が各地で拾い上げた問題点を、陛下や殿下にはぜひ吸い上げて欲しい。そう思っています。いかがでしょうか?」


 リチャードは答える。


「よかろう。おぬしのために新たな役職を新設しよう。おぬしには強力な権限と、責任を与える。今後は宮廷魔術師改め――“自由魔術師”として王国を支えてくれ」


「はいっ!」


 リオンも頭を下げる。


「どうか、よろしく頼む」


「お任せ下さい」


 国のために、人々のために、魔法を極めるために東奔西走。

 これこそがユールのやりたいことであった。

 晴れて“自由魔術師”に任命されたユールの顔は、歴戦の魔法使いを思わせるものだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自由魔術師、良い役職ですね~。悪役を倒しておしまいじゃなく、悪役がどうしてそうなったのか、その背景を解決するための活躍をするって、すごく考えられてて、読んでいて気持ちが良いです。
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