第76話 ユールとモルテラ、最後の激突
背中を斬られたユール、甲冑がさらに斬りかかってくるが、それはどうにか回避する。
だが、傷は浅くない。
「ユール兄ちゃぁん!」
ティカがモルテラに飛びかかるが、
「邪魔だ!」
魔力による衝撃波で吹き飛ばされる。
ティカは壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまう。
「ティカ君……!」
「あんな小僧を気遣ってる余裕はないぞ。次はお前が死ぬんだ、ユール!」
甲冑の剣をかわしたところに、モルテラが炎を浴びせてくる。
モルテラもダメージを負っているので威力はだいぶ弱っているが、ユールの方が傷は深い。
回復魔法を唱えるにも魔力は消耗するし、モルテラはそんな隙を見逃さないだろう。
今の状態のまま戦うしかない。
魔力はまだある。だが、負けるかもしれないという不安がよぎる。魔法において、精神の集中は重要な要素である。
たとえ魔力が潤沢にあっても、精神が揺らげば強い魔法は出せない。
ユールはその状態に陥りつつある。
「分かるぞ、ユール。怯えているな? 自分は死ぬかもと不安になっているな? そんな状態では、もはやまともな魔法は出せまい!」
モルテラと甲冑が同時に迫ってくる。
迎撃しようにも、上手く魔力を練り上げられない。
甲冑の斬撃が再びヒット。さらには風の斬撃まで――
「風刃!」
「うぐぅ!」
ユールの出血が増える。この血が不安をさらに悪化させる。モルテラの狙いもそこにあった。
モルテラはもはや勝利を確信していた。あと一押しで勝てる。
その時だった。
ユールはふと、エミリーからもらった丸薬を思い出す。
甘くて、ほんの少しだけ心を後押ししてくれる、エミリーの丸薬。
ユールは懐からそれを取り出し、飲んだ。
「なんだ?」とモルテラ。
ユールの口の中に甘い味が広がる。それと同時にほんの少しだけ心が高揚する。
エミリーから「頑張って、ユール」と言われているかのようだ。
傷が回復したわけでも、魔力が回復したわけでもない。だがこれで十分だった。これだけで十分だった。
「もう大丈夫だよ、エミリーさん」
ユールの表情に覇気が戻る。
「な……!?」
動揺するモルテラ。
「何を飲んだ!? 一瞬にして精神が……!」
「おやつみたいなものです」
「おやつだと……!?」
体は傷ついているが、ユールの精神は落ち着いている。瞬く間に魔力を練り上げる。
「く、くそっ――」
モルテラも防御体勢を取るが、追い付かない。
今の精神状態なら大魔法を放てる。イケる。
ユールは迷うことなく、両手をかざした。
「雷鳴波!」
巨大な雷撃が高波となってモルテラと甲冑をまとめて呑み込む。
「ぐがああああっ!?」
甲冑は破壊され、モルテラも全身に直撃を浴びた。
「が、がは……!」
しかし、モルテラも倒れなかった。
宮廷魔術師としての最後の意地か。
「ユ、ユゥゥル……」
ゾンビをも彷彿とさせる姿だが、ユールの精神状態は安定している。もはや臆することはない。
「私が覚えた禁術が……人形を作る、だけだと思ったら……大間違いだ……」
モルテラは自分の右手を胸に当て――
「我が魔力を解放する!!!」
こう唱えると、みるみるうちにモルテラの肉体が肥大化し、魔力もあふれ出す。
「どうだ、ユール!? 自身の魔力を倍加させるこの禁術は!? もはやお前に勝ち目はないぞ!」
だが、ユールはモルテラの魂胆を見抜いていた。
「無駄ですよ、モルテラさん」
「なに……!?」
「いくら魔力を増加させても、まるで安定していない。相手に魔法の心得がないのならばともかく、同じ魔法使いにそんな付け焼刃の術が通じるわけがない。あなたも気づいているはずだ」
「……!」
「そんな術に頼らないあなたの方がよっぽど強かった……あなたの負けです」
今度はユールが勝利宣言をする。
モルテラも図星を突かれていた。高位の魔法使い同士の戦いで何より重要なのは精神の安定や魔力の練り込みであり、ただ魔力を増やすだけの術など通用するはずがない。
自身の変貌を見てユールを怖気づかせるのが狙いだったのだが、エミリーのおかげで心が安定したユールにはもはや脅しにはならなかった。
しかし、ユールも決して楽観できる状況ではない。彼とて魔力は残り少ないのだ。
「燃やし尽くしてやるぞ、ユール!」
モルテラが巨大な炎を生み出す。練られてはおらず、見た目ほど恐ろしい威力ではないが、まともに受ければ危険である。
ユールは先ほど破壊した甲冑が持っていた剣を拾い上げた。
「僕がお父さんと編み出した技……お見せします!」
「お父さん……? 剣の素人が、何ができるッ! それこそ付け焼刃だッ!」
ユールは自身の剣に雷を浴びせ、その勢いのまま刃を振り下ろした。
そう、これは――
「ジンライッ!!!」
一人だけで行う合体技“ジンライ”。
ユールは剣などほとんど握ったことがなく、剣の達人であるガイエンと放ったものと比べれば、威力は格段に弱い。
だが、今のモルテラに傷を与えるには十分だった。
「ユ、ユゥゥ……ぐはぁぁぁ……!」
うめき声を上げ、ようやくモルテラが力尽きた。
その場に前のめりにダウンする。
ユールも限界であり、剣を支えにどうにか立つ。
「ユール兄ちゃん!」
ティカが駆け寄ってくる。
「ティカ君……よかった、目を覚ましたんだね……」
「あんな大きな音がしたらね。それより勝ったんだね!」
「うん……これでクーデターは失敗に終わったと思って、いい……」
「やったぁ!」
喜ぶティカに、ユールは指示を出す。
「ティカ君……国王陛下とリオン様の救出を」
「あ、そうだね! 分かった!」
ティカはすぐさま控えの間の扉を開ける。
狭い一室には国王リチャードと第一王子リオンが眠らされていた。
譲位を迫るため、おそらくは食事を与えられないなどの状態に置かれていたようだが、ひとまず命に別状はないことは分かった。
そして、ユールは「城内の問題は解決した」と示すため、外に向かって炎魔法を放つ。
これを合図に、準備を整えていたレスター率いる騎士団や王国軍が一斉に動く。
クーデターの要はモルテラが国王と第一王子を手中にしていたことと、ジャウォックという規格外の戦力だった。
しかし、そのどちらも失われた今、もはやクーデターはもろくも崩れ去った。
残存勢力は駆逐され、主だったメンバーも捕縛された。
かくしてリティシア王国は、マリシャスとモルテラの野望から守られたのである。




