第74話 ユールの快進撃!
ユールはティカと共に城内を走っていた。
城内の至るところが施錠されていたが、ティカのおかげでなんなく通り抜けることができた。
「ありがとう、ティカ君」
「へへ、お安い御用!」
だんだんとモルテラの作ったであろう木人形による兵士が増えてくる。
禁術さえマスターしてしまえばいくらでも作れる兵なので、自身の周囲を固めさせたのだろうが、単純な動きしかできない兵ではユールの敵ではなかった。
「火炎柱!」
火炎魔法でまとめて焼き払われる。
木人形がティカに剣を振り下ろす。
「おっとぉ!」
ティカも持ち前の身のこなしでそれをかわし、逆に蹴りを叩き込む。
「ティカ君、大丈夫!?」
「平気平気。にしても木でできた兵士が多くなってきたね」
「うん……。モルテラさんに近づいてるなによりの証拠だ」
やがて、二人は第一応接室に到着する。
鍵はかかっていない。
一気に突入する。
***
絵画や甲冑、石像が飾られた豪華な部屋には、二人の人間がいた。
マリシャスとモルテラ。
ユールにとっては両者とも因縁の敵である。
「お前は……ユール!?」マリシャスは驚いている。
「お前だったか……ユール」モルテラは分かっていたという表情だ。
ユールが二人に詰め寄る。
「マリシャス様、モルテラさん……」
「人形に異変があると、私にすぐ情報が入ってくる。魔法で倒されているのは分かったが、お前だったとはな」
マリシャスは激高する。
「なんでだ!? お前は俺たちが田舎町に追放したはずだろ! なんでここにいるんだよ!?」
ユールは毅然とした態度で答える。
「それは……この国を救うためです。そして」
マリシャスとモルテラを指差す。
「あなたたちに借りを返すためです」
マリシャスは顔をしかめ、モルテラはニヤリと笑う。
「逞しくなったな、ユール。昔のお前は魔法の腕こそ一流だったが、どこか臆病で、オドオドしていた。それがこの一年でまるで別人だ」
「ありがとうございます、モルテラさん」
素直に礼を言うユール。
「国王陛下とリオン様は、そちらの扉の奥ですね?」
ユールが控えの間を見る。
「ああ、幽閉してマリシャス殿下に譲位しろと迫っていたところだ」
マリシャスが歯噛みする。
「父上もようやく根負けして、俺に王位をくれるって話になったってのに……!」
クーデターはあと一歩というところだった。
しかし、ユールたちが来てしまい、今まさに頓挫の危機にある。
「あなたたちの野望もここまでです。覚悟して下さい」ユールが迫る。
「そうだ! もう諦めろ!」とティカ。
モルテラが相手をしようとするが、マリシャスがそれを手で制する。
「モルテラ、俺にやらせろ!」
「マリシャス殿下」
「俺は昔からこいつが気に食わなかったんだ!」
マリシャスはユールを睨みつける。
「お前はずっと俺のことをナメ腐ってたよなぁ? 俺に魔法を教えるはずなのに、やれ基礎を学べだの、やれ瞑想が大事だの、下らねえことばかり抜かしやがって」
「僕はあなたをナメてなんかいませんよ。もしナメていたら、何か派手な魔法を一つか二つ教えて、ご機嫌を取ってたでしょう」
「うるせえ!」
マリシャスはあくまでユールを敵視している。一方、ユールももはや動じていない。
「いっとくがな、俺もこの一年でかなりの魔法を身につけたんだ! 見ろ! 爆発!」
マリシャスが部屋の中にあった石像に手をかざし、呪文を唱えると、石像が爆破された。
「ひっ!」驚くティカ。
粉々になった石像を見て、マリシャスが笑う。
「どうだ、ユール! この威力! モルテラに教わったんだ!」
ユールは表情を変えない。
「おかげで俺もクーデターの時にゃ、何人か兵士を倒したんだぜ! あいつら俺がこんな魔法を使えるとは思わず、ビックリしてやがった! お前のチンタラした指導を受けてたら、こんなことできなかっただろうな!」
さらに絵画に向けて炎を発射し、燃やしてしまう。
「これもモルテラのおかげだ! すげえだろォ!?」
ユールははしゃぐマリシャスを無視して、モルテラに問いかける。
「この異常な魔力……マリシャス様に何を?」
「ちょっと薬を飲んでもらい、術をかけただけさ」しれっと答えるモルテラ。
「なるほど……」
ユールは確信する。マリシャスはモルテラの操り人形に過ぎない。
元々素行の悪い王子ではあったが、そこに付け込まれ、モルテラにおだてられ仮初の力を与えられ、クーデターの神輿として利用された。
哀れではある。同情すらしてしまう。だが、きっちり報いは受けさせねばならない。ユールはそう判断した。
マリシャスが笑う。
「バラバラにしてやるよ、ユール! 爆発!」
何も起こらない。
「あ、あれ……? もう一発、爆発!」
やはり何も起こらない。
モルテラはすでに何が起きているか分かっているという表情だ。
「無駄ですよ、マリシャス様」
「なに!?」
「マリシャス様、普段瞑想はどのぐらいやりますか?」
「んなもんやるわけねえだろうがよ!」
マリシャスの言葉に、ユールは冷たい視線を返す。
「なら、あなたは決して僕には勝てない」
「なにぃ!?」
「魔法というのは、相手の魔力の波長が分かれば簡単にかき消すこともできます。あなたの魔力は全然練られてなく分かりやすいので、火を飛ばそうが雷を飛ばそうが、僕には通じませんよ」
「ハッタリこいてんじゃねえぞ、ユール!」
マリシャスは諦めず、炎や雷を放つが、ユールにかき消される。
かつて、イグニスとネージュ兄妹にそうしたように。
「なんでだぁ!?」
説明されたばかりなのに、まるで理解していないマリシャス。
マリシャスは魔法を使いこなしているのではなく、剣の素人が名剣を持たせてもらったようなものに過ぎないのだ。
だが、さらに見苦しく足掻く。
「だったら、そっちのガキを――」
ティカに矛先を向けようとする。
ユールの眉間にしわが寄ったかと思うと、マリシャスを電撃が襲った。
「ぐばっ!?」
怒りの鉄槌とでもいうべき一撃だった。
「あ、へ……」
マリシャス、あえなく失神。
「モルテラさんとやり合うのに邪魔なんで、しばらく眠っていて下さい」
ユールとしても愛想が尽きたのか、きつめの言葉を吐く。
モルテラも倒れたマリシャスをじっと見る。心底軽蔑しているような目つきだ。
「ふん、この男もなんの役にも立たなかったな。たとえ魔法を使えるようになってもバカは所詮バカか」
そしてユールに顔を向ける。
「まさか、お前がクーデターの障害になるとは思わなかったぞ、ユール」
「僕もです、モルテラさん。あなたがこんなことをするなんて思わなかった」
二人とも魔力を高める。臨戦態勢に入る。
その緊張感が伝わり、ティカが尖った耳をピクピク動かす。
「下がっていて、ティカ君」
「うん……勝ってよ、ユール兄ちゃん!」
ユールは背を向けたままうなずく。
「火炎球!」
「火炎球!」
初手は同じ。巨大な火炎の弾丸を飛ばす。
ぶつかり合い、部屋中に熱気が飛び散る。
互角。
「風刃!」
モルテラは素早く第二の魔法を唱えていた。
風の刃をユールが襲う。が、これはシールドではじき返す。
「雷撃!」
ユールの反撃。これはモルテラに直撃したかと思いきや――
「そっくり返そう」
反射魔法で電撃を跳ね返す。
「ぐ……!」
ユールがダメージを負う。
ハイレベルな攻防を目の当たりにし、ティカは思わずこんなことをつぶやいてしまう。
「まるで……魔法を見てるみたいだ……」




