第73話 最強の騎士団長vs最強の傭兵
ここにガイエンが現れるのは明らかに作戦と違う。
本来ガイエンはユールと国王救出やモルテラたちを倒す役目なのだ。
ゲンマがそれを指摘する。
「おっさん、どうしてここに……?」
「ユールに頼まれてな。来て正解だった」
フラットの町の住民たちはよく戦ったが、ジャウォック一人にまるで歯が立たなかった。
ガイエンが来てくれたのは嬉しいが、皆がどこかそれを恥じている。
「落ち込むでないわ!!!」
ガイエンが一喝する。
「お前たちはよくやった! 吾輩が『よくやった』と言った以上、お前たちは『よくやった』のであり、口答えは許さん! 以上!」
「なんつう強引な……」
呆れるゲンマ。
しかし、ガイエンの強引な称賛は皆の助けになった。
「ガイエン殿、どうか……お願いします。奴を倒して下さい……!」
スイナも頭を下げる。
「うむ、スイナよ。よく見ておれ」
ガイエンがジャウォックに向き直る。
「貴様の名を聞いておこうか」
「俺はジャウォック。ジャウォック・グレンだ」
ガイエンはこの男が敵の最大戦力だと確信する。
さらに、以前耳にした噂を思い返していた。
「ふむ、思い出したぞ……。確か“血まみれジャウォック”と呼ばれる傭兵だな」
「光栄だ!」
ジャウォックは異名を知られていて嬉しそうである。
「俺は剣の腕は最強を自負している。一人で中型ドラゴンを仕留めたこともある。しかし、どいつもこいつも俺を認めようとはしなかった」
ジャウォックがガイエンを睨みつける。
「だが、誰もが認め、尊敬する騎士団長ガイエンをこの手で殺せば、皆が俺を認めることになるだろう」
ガイエンは首を振る。
「吾輩を倒したところで、強さだけでは誰もついてこんよ。そして……貴様では吾輩には勝てん」
「ならば試させてもらおうか!」
ジャウォックが踏み込む。ガイエンも迎え撃つ。
刃と刃がぶつかり、鍔迫り合いになった。
どちらも動かない。全くの互角。
ガイエンも力を込めるが――
押し込めん。心の中でうめく。
一度間合いを外し、再度の激突。
ガイエンは騎士らしい正々堂々とした剣術。
ジャウォックは吹き荒れる嵐のような荒々しい剣術。
対照的な剣だが、攻防は五分と五分。
刃がぶつかるたびに、空気が弾け、激しく火花が散る。
ネージュがイグニスにつぶやく。
「兄さん……私たちでガイエンさんを援護できないかな?」
イグニスは眉をひそめてこう答える。
「バカ言うな。あんなレベルの戦いに援護なんかできるか。邪魔になるだけだ」
「だよね……」
目の前の攻防は、とても割って入れるようなものではないし、外部から援護しようものなら、かえってガイエンの不利を招きかねない。
ユールのおかげで腕を上げたイグニスとネージュでも、そう判断するしかなかった。
キィンという金属音。
ガイエンとジャウォックが再び間合いを広げる。
その場にいる全員が、戦いに見入ってしまっている。
「さすがは騎士団長……今までに殺してきた連中とはわけが違う」
「例えばどんな相手を殺してきたのだ?」とガイエン。
「勇猛な戦士も殺したし、名誉を重んじる騎士も殺したし、誰もが恐れる怪物も殺したし、泣き叫ぶ子供だって殺した。金さえもらえれば誰だって殺したさ」
得意げに笑うジャウォック、ガイエンは表情を変えない。
「そんな血に飢えた男がなぜクーデターなどに手を貸した?」
クーデターは失敗するリスクも高い。ただ殺したい、あるいはガイエンに挑みたいだけならば、もっと安全な道はいくらでもあった。
「傭兵も長くやってると金だけじゃなく、地位や名誉ってのも欲しくなってね。そんな時あのモルテラって魔術師に声をかけられた。このクーデターが上手くいけば、俺はあのマリシャスという王子の下、“軍団長”の地位にありつける」
ジャウォックがクーデターに協力したのは、軍団長という地位に目がくらんでのことだった。
「たとえ失敗しても、騎士団長ガイエンを殺した男となれば、十分名は上げられる。美味しい仕事だ」
クーデターが失敗するのなら、退散して、“ガイエンを殺した男”という名誉だけでも得る。こんな算盤を弾いていたようだ。
「貴様のような血と欲にまみれた男に、この国もこの首もやれんな。騎士団長として」
「だったら力ずくで奪うまでだ!」
ガイエンの言葉に、ジャウォックが飛び掛かってくる。
「せやっ! はあっ! うりゃあっ!」
戦場で培ったあらゆる方向から斬りかかる波状攻撃。
ガイエンもそつなく防御し続けるが、なかなか反撃に移れない。
このままある種の膠着になるかと思いきや――
「シッ!」
ゲンマの肋骨を砕いた蹴りを放つ。これが甲冑の上からとはいえ、ガイエンにもヒットする。
「ぐぬ……!」
だが、ガイエンも体を逸らし、衝撃を逃がしていた。
しかしダメージはあったようで、ガイエンの動きが鈍くなる。
フラットの町の住民たちにも不安がよぎる。
ガイエンが負ける――
勝機を感じたのか、ジャウォックの剣がますます勢いづく。
「はあああああっ!」
「ぐっ……!」
ガイエンもかろうじて決定的な一撃は許さないが、ここでジャウォックがガイエンの足を踏みつける。
痛みで動きが止まったところへ、ジャウォックが一閃。
ガイエンの胸に傷ができる。
顔を歪め、ガイエンの呼吸が荒くなる。決して演技ではない。
「いかに騎士団長とはいえ、老いれば衰える。そろそろこの世から退場してもらおうか!」
ジャウォックの挑発に、ガイエンもうなずく。
「うむ……吾輩ももう50近い。そろそろ若い人間に道を譲るのもいい頃だと思っていた」
「ふん、ついに諦めたか!」
「しかし、それは貴様のような下郎にではない。騎士団の者たちはもちろん、ここにいるゲンマやニック、スイナといった若者たち……こういったまっすぐな正しい若者たちにこそ、吾輩も道を譲る価値があるというもの」
ガイエンは続ける。
「そして、吾輩には……誰よりも一番に吾輩を超えて欲しい男がいる。その男が吾輩を超えるまで、吾輩は負けるわけにはいかんのだ!」
ガイエンが上段に構える。
ここから稲妻の如く剣を振り下ろす、ガイエン得意の構えだ。
たとえ分かっていても防ぐこともかわすことも至難の切り札。
「面白い……!」
ジャウォックも笑う。
この一撃を破れば自分の勝利だと、本能的に察している。
「伝説は……終わりだァァァァァ!!!」
ジャウォックの一手は突きだった。
最短距離で、一直線にガイエンの心臓を狙う。
ガイエンは上段に構えたままだ。
ジャウォックの突きはもうすぐそこまで迫っている。
ガイエンは上段に構えたままだ。
「ぬんっ!!!」
ガイエンが一撃を振り下ろす。
「――!?」
ガイエンの一撃の方が速い。が、ジャウォックもさすがである。すぐさま突きを中断し、防御体勢を取る。
これを受け流してしまえば、勝てる。
しかし、ガイエンの上段斬りはそんなに甘いものではなかった。
「……え?」
完璧に受け止めた。あとは受け流すだけのはずなのに、それができない。刃がミシミシとジャウォックの剣に食い込んでくる。
「な……!?」
この瞬間、ジャウォックはガイエンに鬼の形相を見た。
「ひっ……!」
「ぬうううううううううああっ!!!」
ガイエンが吼えた。
ジャウォックの刃は砕け散り、そのまま肩口からばっさり斬られる。
「ごあ……は……!」
派手に血しぶきをまき散らし、白目をむいて、ジャウォックは崩れ落ちた。
「言ったろう……貴様などに道は譲れんと」
ガイエンが血を払うように、剣をひと振りする。
「つ、つええ……!」とゲンマ。
「私たちはガイエン殿の強さのほんの一端を見ていたにすぎないのだな……」
スイナも驚嘆する。
これを聞いてガイエンは笑った。
「何を言うか。お前たちには吾輩ぐらい超えてもらわねば困るぞ!」
ジャウォックの敗北を目の当たりにして、周囲の傭兵たちも怖気づく。
「ジャウォックさんが……!」
「む、無理だ……!」
「逃げろォ!」
ガイエンもそれを追うことはしない。
堂々と立ったまま彼らの背中を睨みつける。
ガイエンのその姿を見て、ブレンダはため息をつきつつ笑った。
「この親父さんを超えなきゃならないなんて……ユール君も大変だね」




