第72話 血まみれジャウォック
傭兵たちが盛り上がる。
「ジャウォックさん!」
「ジャウォックさんが来たらもう勝ちだ!」
「終わったぜ、てめえら!」
ジャウォックは無表情のまま、ゲンマたちに告げる。
「何者だ? 貴様ら」
誰も答えない。
「フラットの町の住民だ」などと言っても仕方ないし、答えようがない部分もあるのだが、ジャウォックの迫力に呑まれてしまっている。
「答えないならそれもいい。こちらから行くぞ」
誰も動けない。向こうが仕掛けるのを待っていたら、弱い人間を狙われ、確実に犠牲者が出る。
ゲンマが決心する。
――俺が行かなきゃならねえ!
「でやぁぁぁぁぁっ!!!」
雄叫びを上げ、ゲンマが仕掛けた。
先が見えない暗闇に飛び込むような、絶望的な、そして勇気ある踏み込みだった。
ガイエンに教えてもらった基本通りの一閃。
渾身の力を込めた一撃だったが、ジャウォックはあっさりと剣で受け止めてしまう。表情すら変わっていない。
「な……!」
「ほう、チンピラみたいな見た目だが、騎士のような剣術だな」
「うるせえよ!」
その後もゲンマは果敢に攻め込むが、軽くあしらわれてしまう。
「なるほど、貴様の腕は分かった。もういい」
「!?」
ジャウォックの右足から強烈な蹴りが飛んできた。
鈍い音がした。
ゲンマも皮の鎧を身につけているのに、これだけで肋骨が何本も折れてしまった。
「ゴボッ……!」
膝をつくゲンマ。
「兄貴ィィィィィ!」
ニックと何人かの仲間が助けに入ろうとするが、ジャウォックの一振りでまとめて吹き飛ばされてしまう。凄まじい腕力である。
遠距離からの攻撃なら、とイグニスとネージュが魔法を唱える。
「氷炎乱舞!」
冷気と炎が青と赤の螺旋を描き、ジャウォックを狙うが、これもまた強烈な一振りでかき消されてしまう。
「……マジかよ!」
「私たちの魔法が……!」
リンネが幻術を放つ。
ジャウォックに手の動きを見せ、魔力を送り込むことができた。
これで勝利確定――と思いきや。
「おかしな術を使う」
ジャウォックは自分の剣で指先に傷をつけると、痛みで幻術を解除してしまった。
「ボクの術をあっさりと……!?」
ユールとガイエンにすら初見では通用した幻術が通じない。
「後方支援の連中も厄介なようだ。先に殺しておくか」
ジャウォックの矛先がイグニスやリンネに向かおうとする。
すかさずゲンマが立ち上がる。
「待て……や!」
「ほう、まだ立てるのか」
「当たり前だろ……まだ終わってねえだろ……!」
強がるが、足元はふらふらで呼吸も荒い。
「そうだったな。勝負というのは殺すまでが勝負だ」
ジャウォックがトドメを刺そうと、剣を振るう。
が、これをスイナが受け止める。刃同士がぶつかり、鈍い金属音が響く。
「ぐ……!」
「ス、スイナ……」
「ゲンマ殿、この男とは私がやる。下がっていてくれ」
スイナが正眼に構える。ジャウォックはそんなスイナをぎょろりと見つめる。
「行くぞ!」
スイナは流れるようなフットワークから、一気に斬りかかる。緩急が伴った剣術である。
これまで無表情だったジャウォックにも驚きの色が浮かぶ。
「ほう……やるな」
「まだまだァ!」
スイナの猛攻。
これまでの自分の人生を全てつぎ込むような連撃を繰り出す。
しかし、その刃はジャウォックの体に届かない。全て防がれてしまう。
「動きはいい、技もいい、剣筋も鋭い。だが、惜しいな……力が足りん」
ジャウォックの強烈な一閃。
受け止めるだけでスイナの両腕が痺れる。
「ぐう……!」
「所詮は女の剣技、俺には敵わん!」
そのまま押し切られ、スイナの体が背中から壁に叩きつけられる。
「が、は……!」
「スイナッ! く、くそ……!」
ゲンマも援護しようとするが、足が動かない。
剣も、魔法も、幻術も、多勢も、この男には通用しない。
全員殺されてしまう――
「さて……皆殺しの時間だ」
ジャウォックが笑う。
高い実力を誇りながら、残忍さで今一つ名声を得られなかった“血まみれジャウォック”の本性があらわになる。
周囲の傭兵たちも「ついに出た」と言いたげに青ざめている。
「やるなら……俺からやれ!」
せめて最初に死ぬのは自分であるべきとゲンマが叫ぶ。
「兄貴ィ!」
「やめてくれ!」
「殺さないでくれ!」
ゲンマの仲間たちも叫ぶ。
ジャウォックはゲンマに近づき、まず先ほど肋骨を折った箇所に再び蹴りを入れる。
「ぐはぁ……!」ゲンマが床に転がり、うめく。
明らかにいたぶっている。
「こいつが貴様らの精神的支柱であることは間違いないようだ。望み通り先に殺してやる」
ジャウォックが床に転がるゲンマにトドメを刺そうとする。
だが、その動きが止まる。
ジャウォックだけではない。フラットの町住民も、傭兵たちも、動きを止めた。
空気が一瞬にして引き締まったのだ。
その原因となったのは一人の男――騎士団長ガイエンだった。
「みんな、よく耐えたな」
ジャウォックの興味が死にかけのゲンマからガイエンに移る。
「貴様は?」
「吾輩はガイエン。ガイエン・ルベライトだ」
「……!」
名前を聞いた瞬間、ジャウォックが歓喜に満ちた表情をする。
「貴様がガイエンか! リティシアの騎士団長にして、数々の伝説を持つという……」
「そうだ」
「なぜここにいるかは知らんが、面白い! 俺がこのクーデター計画に乗ったのは、貴様と戦いたかったというのもあるからな! この俺が貴様の伝説を超えてみせる!」
ガイエンは静かに剣を構える。
「残念だが、それは無理だ」
騎士団長ガイエンと血に飢えた傭兵ジャウォック、猛者二人の戦いの火蓋が切られようとしていた。




