第68話 王都到着!
一行は王都へ急ぐ。
王都へ向かう道中、ユールは時折「ここを通って僕はフラットの町に来たんだな」と感傷に浸る。
川の近くを通りがかる時、馬車の中のエミリーが言った。
「この川でユールが水を汲もうとしたら、お父様が入水自殺だと勘違いしたのよね」
「アハハ、そんなこともあったね」
これを聞いたガイエンが顔を赤くする。
「仕方なかろう! あの時はユールがこれほど強い男だとは知らなかったのだからな! 本当に危ないと思ってしまったんだ!」
この言葉にユールも嬉しくなる。
「ありがとうございます、お父さん。でも強くなれたのは、あなたやエミリーさん、そしてここにいるみんなのおかげです!」
今の自分は一年前とは違う。
ユールの力強い宣言に、皆の気持ちが引き締まった。
「まもなく王都に到着します。ここからは慎重に……」
先頭を行くケネスの案内で、一向は王都へと入っていく。
***
クーデターが起こり幾日か経ったにもかかわらず、王都に大きな混乱は見られなかった。
ケネスが言うには、まだクーデターは表ざたになっていないという。
「ここからはどこにマリシャス派の目が光っているか分かりません。抜け道で騎士団の駐屯地までご案内します」
「昔、吾輩が作ったやつだな」
「そうです。この人数であれば気づかれずに向かえるはずです」
ユールたちは抜け道を通って、騎士団の駐屯地にたどり着いた。
騎士団駐屯地は王都郊外にある、広い施設である。選ばれし騎士たちが日々ここで訓練を重ねている。
ところが、今は突然起こったクーデターに対し、身動きを取れずにいるという。
ユールたちはさっそく団長代理のレスターに会いに行く。
ガイエンを見るなり、レスターが歓喜の声を上げる。
「ガイエン団長!」
「戻ったぞレスター」
「申し訳ありません。我らが不甲斐ないばかりに……」
「気にするな。それより今の状況を教えてくれるか」
「はっ……こちらへどうぞ」
駐屯地内の会議室に一同が案内される。
全員が席につくと、レスターが説明を開始する。
「クーデターは真夜中に起こりました。突如武装した集団が城内に引き入れられ、瞬く間に城内を制圧。城内の主だった人物は捕らえられてしまいました。国王陛下もリオン殿下も……」
ガイエンがうなずく。
「城内には何人か宮廷魔術師もいたはずですが……どうなったのでしょうか?」
ユールが尋ねる。
「全員捕縛されたと聞いています」
「……!」
魔法使いのエリートとされる宮廷魔術師もあっさり無力化されてしまったという。
ユールにも衝撃が走る。
「しかし、なぜ騎士団を動かさなかったのだ?」とガイエン。
「先手を打たれていたのです」
「先手?」
「窓の外をご覧下さい。騎士団駐屯地を見張るように、兵士が立っているでしょう」
槍を持った木製の人形が何体も立っている。
「木で作ったような人形だが……なんだあれは?」
「あれはただの人形ではなく……動くのです」
「動く?」
「ええ……どうやら魔法で動いているらしく、あの人形が騎士団や、王国軍を監視しているのです。異変があると、すぐさま術者にそれが伝わるとか……なので陛下や王子の安否が分からない以上、騎士団は動きを封じられているのです。ケネスを団長の元に向かわせることができたのは幸運でした」
「バカな……。魔法でそんなことが可能なのか?」
ガイエンが唸ると、ユールが言葉を漏らす。
「禁術だ……」
「禁術?」
「はい、無生物に命を吹き込む魔法というのがあるんです。禁術になってるはずなんですけど……クーデター一味の優れた術者が、それを使って、兵力を水増ししたんでしょう。そして、こんなことができそうな魔法使いを、僕は一人しか知りません」
「誰だ?」
「モルテラさんです」
「モルテラ……確か、お前に代わってマリシャスの教育係になっておった宮廷魔術師だな」
「そうです。宮廷魔術師は何名かいますが、その中で禁術を扱えるほどの術者となると、あの人しか考えられません」
ユールの中で数々の疑問が解消されていく。
「今回のクーデター、黒幕はきっとモルテラさんです。彼がマリシャス様をそそのかして、裏で動いて、全ての糸を引いているのでしょう」
「あのバカ王子ではこんなスムーズなクーデターは不可能だと思っていたが、そういうことだったか」
ガイエンは納得し、レスターもうなずく。
「マリシャス殿下の所業にはみんな頭を悩ませていましたからね。陰で動くモルテラ殿に気づけなかった……」
王子として好き放題するマリシャスを隠れ蓑に、モルテラは着々と準備を進めていた。
そして戦力を整え、何かと気が緩む冬から春にかけての時期に、クーデターを決行した。
ガイエンが顔をしかめる。
「マリシャスとモルテラの狙いが分かってきたな。彼らは陛下に王位の“譲位”を迫るつもりだ」
「譲位?」誰かが口にする。
「リチャード陛下に息子のマリシャスへと王位を渡させるということだ。近いうち、その儀式をやることになるだろう」
「ふうん。だったらその儀式が終わった後で、ゆっくりマリシャスを倒せばいいんじゃないの?」
エミリーが口を挟む。
「それはダメなのだ」
「どうしてよ?」
「“譲位”とはそんな軽いものではない。それが成されたら、どんな経緯があろうとマリシャスは国王となる。それに歯向かう者は問答無用で反乱軍とされてしまう。もしも譲位の儀式が行われたら、マリシャスが王であることは確定してしまうのだ」
「そうかもしれないけど、彼のやり方は明らかに間違ってるじゃない!」
「それに他国の目もある。王都でクーデターだの譲位だの、更には曲がりなりにも譲位という形式で王になった者がすぐさまひっくり返され……こんな国をどこがまともに相手をする? この件は穏便に片をつけなければ、リティシア王国の国際的な立場は絶望的なものになる」
モルテラが静かなクーデターを図ったのはそれが狙いだった。
なるべく死人を出さず、国王と第一王子を生け捕りにし、国王の地位を第二王子マリシャスに譲位させる。結果だけ見れば、父が息子に王位を譲っただけの、平和的な王位の移り替わりである。
これができれば、この時点でモルテラの勝ちは決まったようなものである。
ここからさらにマリシャスの王位をひっくり返すような騒ぎが起きれば、国内外で混乱が起こる。
リティシアは政情不安定な国と見なされ、国際的な立場はぐっと弱くなるだろう。
だからその前に手を打たねばならないのだが、王国軍や騎士団はマークされ、動きを封じられてしまっている。
「モルテラとやら、やりおるな。きっと入念に準備を重ねた計画だったのだろう」
「ええ。僕から見てもモルテラさんは尊敬できる魔法使いでした」
「敵を褒めちゃダメでしょ……」
エミリーは呆れてしまう。
「分かっておる。つまり、この件を解決するには、騎士団でも王国軍でもないが、訓練を受けている集団が、秘密裏に城内に侵入し、陛下と王太子を救出し、なおかつマリシャスとモルテラを倒す、ということが必要になるわけだ」
「そうなりますね」ユールもうなずく。
エミリーがさらに呆れる。
「だから、どこにそんな都合のいい集団がいるってのよ……あ」
ユールとガイエンはもう分かっているようだ。
「いたわ……」
エミリーも、一緒についてきてくれたフラットの住民たちを見る。
みんな、「自分たちの出番だ」と言いたげに笑っていた。
騎士団でも王国軍でもなく、訓練を受けた、あまりにも都合のいい集団がここにいてくれた。
王国の危機を救えるのは、彼らしかいない。
ガイエンがレスターに告げる。
「ここから先は吾輩らに任せろ。吾輩らでどうにか今述べた任務をこなす。それができ次第、騎士団と王国軍を出動させれば、マリシャスたちの野望をくじくことができる」
レスターは頭を下げる。
「どうかよろしくお願いします」
ガイエンがユールに目を向ける。
「では作戦を立てるぞ、ユール」
「はい!」
王国の命運はユールとガイエン、そして二人についてきてくれた住民たちに託された。




