第66話 春が来て、王都から騎士が来る
冬の寒さもだいぶ薄れ、春の陽気といっていい日だった。
ユール、エミリー、ガイエンの三人は各々の過ごし方をしていた。
ユールは瞑想し、エミリーは薬の研究、ガイエンは腕立て伏せに励んでいた。
100回以上腕立て伏せをこなしたガイエンが、汗を拭きながら立ち上がる。
「今日は暖かいな。汗ばんでしまった」
「ええ……瞑想も捗りますよ」
ユールの瞑想も快調だ。エミリーも、春物のワンピースを着て浮かれている。
「もう春が来るものね。なんだか歌でも歌いたくなってくるわ」
「よし、吾輩が歌ってやろう! 騎士団の団歌を!」
「え」
ガイエンは腹から声を出し、歌い始める。
「お~、勇ましきリティシア騎士団! 今日も王のため、民のため~!」
「うるさいってば、お父様! ユールは瞑想してるんだから!」
「大丈夫だよ、エミリーさん。僕も勇ましい瞑想をすればいいんだから」
「流石だユール! よく分かっておる!」褒め称えるガイエン。
「瞑想が勇ましくちゃダメでしょ……」呆れるエミリー。
ユールの許可も得たので、ガイエンは歌を続ける。
「お~、勇ましきリティシア騎士団! 平原を駆けろ、馬に乗り~!」
ノリノリで歌を続けるガイエンだが、突如歌を中断する。
「どうしました、お父さん?」
「馬の……蹄の音だ。それもこの感じは……間違いなく騎士のものだ」
ガイエンの言葉に、ユールとエミリーは驚く。
蹄の音はどんどん大きくなり、近づいてきているのが分かる。
まもなく、ドアがノックされる。
訪ねてきたのは、ガイエンの言う通り、甲冑を着た若い騎士だった。
「ケネスではないか!」
「お久しぶりです、ガイエン団長!」
***
ケネスをリビングに案内すると、彼は衝撃的な一言目を発した。
「王都で……クーデターが起こりました」
これにはユールもエミリーも、そして経験豊富なガイエンですらも驚愕した。
「どういうことだ!?」
「マリシャス殿下です。マリシャス殿下が城内に兵を引き込んで、瞬く間に王宮を制圧したのです」
「マリシャス様が……!」
第二王子マリシャスがクーデターを起こした。
かつてはマリシャスに魔法を教えていたユールも心穏やかではなくなる。
「陛下と……リオン殿下は!? 無事なのか!?」
ガイエンの問いに、ケネスが答える。
「捕らえられたという情報が入っています。おそらくまだお命はご無事かと」
国王リチャードと世継ぎのリオンは捕縛された。命は奪われてはいないようだが、予断を許さない状況だ。
「騎士団も自由に動ける状況ではなくなってしまい、レスター団長代理から『フラットにいるガイエン団長に知らせに行け』と……」
ケネスの口調は冷静さを保ちながらも、若干の悔しさがにじみ出ている。休暇中の団長を頼ることを恥じているのだろう。
「ご苦労だった、ケネス。それとあまり気にするな。あのマリシャス殿下がこんな事態を引き起こすなど、吾輩とて想定していなかった。王子という立場で甘い汁を吸うことで満足する男だと思っていたからな」
「はい……ガイエン団長」
ガイエンがユールたちに向き直る。
「エミリー、ユール。吾輩はケネスとともに王都に向かう。しばらく留守にするぞ」
すると、ユールが――
「待って下さい、お父さん。僕も行きます」
「なんだと?」
ガイエンが意外そうな顔をする。
「気持ちはありがたいが、お前が王都で受けた仕打ちは酷いものだった。吾輩には騎士として国を救う義務があるが、お前の今の仕事場はこの町だ。こんな戦いに出向く必要はないのだぞ」
「そうですね。僕もあの日のことは忘れていません。あまりいい思い出とは言えません。しかし僕も魔法使いのはしくれ、王国の危機という時に黙っているわけにはいきません。それに……」
「それに?」
「マリシャス様には大きな借りがある。それを返すチャンスですから!」
強気に笑うユール。
ユールにとっては、マリシャスは自分の教えを守らず、エミリーを侮辱し、自分を追放した宿敵である。
「お前も言うようになったな。ならば一緒に来てもらう。吾輩の勘だが、この件、おそらく騎士団だけではどうにもならん」
「はいっ!」
エミリーが挙手をする。
「だったら私も行くわ! 戦いは手伝ってあげられないけど、何か役に立てるはず!」
「ありがとう、エミリーさん」
春が来て、王都から騎士が来て、そして王国には危機が訪れていた。
しかし、ユールは決断した。王国を救い、第二王子マリシャスに借りを返すと。
宮廷魔術師をクビになりフラットの町に追放されたユールだったが、今再び王都に足を踏み入れることになったのであった。
これで第四章終了となります。次回から新章突入です。
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