第65話 それぞれの道
あれだけ積もった雪もすっかりとけ、春の足音が近づきつつある日。
ユールは散歩に出かけた。
自宅近くの空き地では、ゲンマとニックたちが訓練をしている。
ガイエンがいないにもかかわらず、自発的なものだ。
すっかりさまになっており、王都で見かけた兵士たちの訓練と比較しても遜色ない。
「ゲンマさん、今日も張り切ってるね」
「へへ、まあな」
「でも僕の目から見ても前以上に目的意識がはっきりしてる気がする。何かあったの?」
「実は……俺ら、“自警団”を作ろうかと思っててさ」
「自警団!」目を丸くするユール。
「この町には今までそういう常駐兵みたいなのがいなかったけど、俺らがそれになろうかと思ってさ。また強盗団みたいな連中が来ないとも限らねえし」
「とても素晴らしいことだと思うよ」
ユールは彼らの考えに賛同する。
「そっか! お前にそう言われると、さらに前向きになれるぜ!」
「ありがとうっす!」
話していると、イグニスとネージュもやってくる。
「俺たちもその自警団に参加しようかなって思ってるんだ」
「え、そうなの?」ユールが驚く。
「私たちも町長の子供だし、町を守る義務があるかなって……」とネージュ。
「きっと町長さんも喜ぶよ」
「ハッハー! ユールさんにそう言ってもらえると嬉しいよ!」
同じく訓練に参加していたスイナはというと――
「私はやはり最強を目指したい」
「ということは、スイナちゃんはまた誰かに挑みに行くのかな?」
ユールが尋ねると、スイナは首を振った。
「いや……それについてはガイエン殿にきっちり危険性を教えてもらったからな。きちんと公式の試合などに出て、自分の力を試したい」
「スイナならよ、いつか絶対最強になれるって!」
「ありがとう、ゲンマ殿」
そしてスイナが目を輝かせて、ユールを見つめる。
「……」
「なに?」
「ユール殿、ぜひ手合わせを……!」
「い、いやっ! 今日は遠慮しておこうかな! アハハ……」
逃げるようにその場を立ち去るユールだった。
……
ユールが中央通りを歩いていると、ティカとリンネに出くわした。
年が近く、共にユールのおかげで改心したコンビである。
「やぁ、ティカ君、リンネちゃん」
「ユール兄ちゃん!」
「ユール!」
二人ともユールに会えて嬉しそうだ。
「二人で何してたの?」
「オイラは配達の仕事がひと段落して、リンネは町の人に幻術で旅行気分を味わわせてたんだって」
二人とも、自分の能力を生かした仕事をしていた。感心するユール。
「オイラもリンネもこの町では新参者なのに、受け入れてもらえて嬉しいよ」
すると、リンネがじっとティカを見ている。
「なんだよ?」
「耳触ってもいい?」
「別にいいけど……」
ティカの耳をなめすように触るリンネ。
「あまりゆっくり触らないで……オイラ恥ずかしいよ」赤面するティカ。
「恥ずかしがることないよ、とても綺麗な耳じゃないか。ティカの心のようにね」
「オイラ、泥棒やってたことあるんだけど……」
「だけど今はやってないんだろ? 関係ないよ」
リンネはティカのことを気に入っているようだ。
共に自分の故郷から飛び出してきた身なので、波長が合うのかもしれない。
そんな二人をユールは微笑ましく見つめる。
「二人は今後どうするのか……決めてることはあるの?」
ユールの問いに、ティカが答える。
「もうしばらくこの町にいるつもりだけど、いずれはエルフの集落に戻らなきゃとは思ってる」
続いてリンネも答える。
「ボクも似たような感じかな。ボクの故郷にいる幻術士はみんな、どこか諦めてるようなところがあるから、彼らに『幻術士だって人の役に立てるんだ』ってことを教えてあげたい」
二人の答えにユールはうなずく。
ティカもリンネも自分の力を役立てる方法を見出しつつ、未来を見据えている。
ユールは二人に別れを告げた。
……
ブレンダの酒場に立ち寄るユール。
カウンター席に座り、薄めの酒を一杯頼む。
「ブレンダさんは今後こうしたい、みたいなことってありますか?」
「あたしかい? あたしはこのまま酒場を続けていくだろうね」
「そうですよね。ブレンダさんはこの町になくてはならない存在だ」
「アハハ、ありがとう」
ブレンダはこう切り返す。
「ユール君も何かやりたいことが見つかったのかい?」
「ええと、なんとなくですが……」
言葉を濁らせるユール。
「ユール君ほどの力の持ち主なら、やりたいことは無限にあるはず。もしそれが、この町ではできないことだったとしても、あたしは全力で応援するよ」
「ありがとうございます」
「それにあたしもユール君のおかげでこれぐらいのことはできるようになったしね」
「え?」
「水洗浄!」
ブレンダは水流で食器をまとめて洗う。
ユールの目から見ても文句のつけ所のない出来栄えだった。
「お見事です!」
「大したもんだよ、一介の酒場の女主人を魔法使いにしちゃうんだからさ」
酒を一杯飲み干すと、ユールは酒場を後にする。
ユールはふと、道端の土を見る。
わずかに緑色の葉っぱが芽吹いている。
「エミリーさん、今日はシチューにするって言ってたな。楽しみだ」
ユールは独りごちた。




