第63話 新年を迎えて
年が明けた。
冬の冷え込みも峠を越え、多少は過ごしやすい気候になっている。
カーテンを勢いよく開けるエミリー。
「新年のこの爽やかな感じ、いいわよねー」
「うん、やっぱり空気が澄み切ってるように感じるよね」
二人で新年の空気を満喫していると、ガイエンが割って入ってくる。
「その通り! 年明けの空気は澄み切っておる!」
「うわっ!」
「はー……お父様のせいで空気が台無し!」
「吾輩はトレーニングに向かうが、お前たちはどうする?」
「行かないわよ! 私たちは教会にお祈りにでも行くわ」
「そうか。では走ってくる!」
走って自宅を出て行くガイエン。
「お父様は相変わらずね……もう50近いのに」
「だけど、あれでこそお父さんって感じがするよ」
***
フラットの町には小さな教会があり、ユールとエミリーは神の像に祈りを捧げる。
ひとまず、これで新年にすべきことは済ませたことになる。
澄み切った空気の中、町を歩く。
「去年は新年のお祈りは王都の教会だったけど、今年はフラットの町でやることになったわね」
「うん……」
「あ、変な意味じゃないわよ。ただ、一年で色々なことがあったなぁ、って思って」
「ハハ、分かってるよ。本当に色々なことがあったよね」
去年の年明け、ユールはまだ宮廷魔術師だった。
地方生まれの魔法使いがエリートの座まで駆け上り、まさに順風満帆だった。
しかし、春になり、ユールに災難が訪れる。
ユールの教え子であった第二王子マリシャスに嵌められ、宮廷魔術師を解任され、フラットの町に追放されることになってしまった。
しかし、恋人のエミリーとその父ガイエンがついてきてくれることになった。
フラットの町で、ユールは決して歓迎されていなかった。
『魔法相談役』という名誉職を与えられ、何をしていいのかも分からない。
町の厄介者であるゲンマたちやイグニス兄妹と戦うはめになる。
しかし、ユールは少しずつ町での役割を掴み取っていった。彼は魔法を皆に教えたり、魔法で皆を助けたりする道を選んだ。
夏になると最強を目指す女剣士スイナや、エルフの少年ティカと出会った。
そして、悪徳領主オズウェルの一味とも対立することになった。ガイエンと共闘し、オズウェルを倒したユールは、町での地位を確固たるものとしていった。
秋になると、ユールは故郷であるパトリ村に戻った。
ユールの両親ロニーとセレッサは、宮廷魔術師を解任されたユールを決して責めず、温かく迎え入れてくれた。
幻術を悪用していた幻術士リンネとも出会い、怒れる古代竜から彼女を救うことで改心させることができた。
冬になると、思わぬ試練がユールを待ち受けていた。彼に興味を持った魔法の神が、彼を過去の世界へと飛ばしたのだ。
ユールは騎士になりたてで荒っぽい部分のある若きガイエンと、後にエミリーの母となる令嬢エマを助け、大きく成長することができた。
なお、この件を知るのは、ユールのみである。
そして年末には盛大なパーティーを開き、今に至る。
「今年はユールにとってどんな年になると思う?」
「うーん……どうなるだろう。でも、僕は自分のやりたいことがだんだんと固まってきた気がするんだ」
遠くを見据えるユール。
エミリーは優しく語りかける。
「ユールがどんな道を歩もうと、私はついていくよ」
「ありがとう、エミリーさん」
二人は見つめ合った。
すると――
「エミリィィィィィィ!!! ユゥゥゥゥゥゥゥル!!!」
ガイエンが走ってきた。
「お父さん!?」
「お父様!?」
この寒い中、汗だくになっている。
「ついつい張り切りすぎて、町内を三周もしてしまった」
「三周も!?」
フラットの町は決して狭くはない。呆気に取られるエミリー。
ガイエンに認められるというのもユールの目標の一つだ。
「そんなお父さんだから超えがいがありますよ」
「そうか、ユール! 吾輩を乗り越えてみせろ!」
「はいっ! ……でも、汗をかいたまま寒い中にいると、風邪ひきますよ」
「む、そうだな。急に寒くなってきた……」
ユールが炎魔法を応用して、熱気をガイエンに浴びせる。
「む、気がきくなユール。もはや吾輩を超えたといってもいいかもしれんな……」
「お父様を超えるためのハードル、ずいぶん低いのね……」
こう言いつつ、エミリーは父にタオルを手渡す。
「さあ、帰るとするか! 新年なのでパーッとやろう!」
「はいっ!」とユール。
「はいはい」とエミリー。
ユールはなんとなくこんな予感をしていた。
今年は自分にとって、去年以上に激動の年になると――




