第60話 ユール復活!
熱は下がったとはいえ、ユールはもう数日は大人しくしていることになった。
魔法の神の一件は話すわけにはいかないし、疲労が溜まっていたのも事実である。ユールはエミリーとガイエンの厚意に甘えることにした。
特にガイエンの看護は献身的であった。
「ユール、リゾットを作ったぞ」
「ユール、布団を替えようか?」
「ユールよ、何か飲むか?」
あまりにもサービス満点なので、エミリーは呆れてしまう。
「お父様ったら、あまり私の立場を奪わないでよ」
ユールもガイエンに感謝する。
「ありがとうございます、お父さん」
すかさずガイエンはこう切り返す。
「勘違いするな! お前が体調を崩せば、エミリーが悲しむ! 吾輩はお前などどうでもよいのだ!」
「出ました、お父様の勘違い芸」
「芸っていうな! 人をコメディアンみたいに!」
「いっそ目指せば? コメディアン」
「そうだな……目指してみるか」
「え」
ガイエンは真剣な眼差しで、ギャグを披露しようとする。
「騎士が素振りについてアドバイスをした……『剣はこう振らナイト』!」
気まずい沈黙が流れる。
「僕……お父さんのギャグで熱が上がってきたかもしれません」とユール。
「すまぁぁぁぁぁん、ユール!」慌てるガイエン。
「ユールもなかなか言うようになったわね……」
エミリーは恋人の成長ぶりに目を見張った。
***
町の住民たちも、ユールの見舞いに訪れる。
まずはゲンマとニック。
「ユール、風邪でぶっ倒れたって聞いたけど平気か?」
「お見舞い持ってきたっすー」
「ありがとう、ゲンマさん、ニック君」
元気そうなユールを見て、ゲンマが笑う。
「お前も弱点があったんだな! 風邪なんかで倒れちまうなんてよ!」
「兄貴は風邪ひかないすもんね。バカだから」
「なんだと!?」
二人の漫才のようなやり取りを見て、ユールは笑った。
続いてスイナも訪ねてきた。
「ユール殿、倒れたと聞いて心配していた」
「ごめん、心配かけちゃって」
「いや、ユール殿にはエミリー嬢がついているからな。きっとすぐ治るだろうとは思っていた」
これを聞いたガイエンは「吾輩もついていたのに……」と言いたげな顔をしていた。
イグニスとネージュの兄妹も揃って顔を見せる。
「ハッハー、ユールさん! 心配したよ!」
「回復されたそうで、なによりです」
「二人にも迷惑かけたね。魔法教室も休みにしてしまって。ところで瞑想は……」
「ちゃ、ちゃんとやってますって!」
たとえ病み上がりでも、教え子の瞑想チェックは欠かさないユールだった。
ブレンダも見舞いの品を持って訪問する。
「ユール君、とんだ災難だったね」
「みっともないところをお見せしました」
「いやいやユール君はずっと働きすぎだったんだよ。少しぐらい休んだって、誰も文句は言わないよ」
「はい!」
ブレンダの優しさがユールの心に染み渡った。
ティカもやってきた。
「ユールの兄ちゃん、心配したよ!」
「ありがとう、ティカ君」
「んー、でももう元気そう! エミリーの姉ちゃんのお薬が効いたんだろうね! それと愛情!」
ませたことを言うティカに、ユールは赤くなる。
これを聞いていたガイエンは「おのれユール!」と言いたげな顔をしていた。
幻術士リンネも見舞いに来た。
ユールに好意を抱く彼女は、やはり特に心配していたようだ。
「ユール! 無事だったんだな、よかった! ボク、心配で心配で……」
リンネがユールに抱きつくのを見て、エミリーは複雑な心境になる。
しかし、リンネはエミリーにも抱きついてきた。
「エミリー! ユールを助けてくれてありがとう!」
エミリーは「リンネちゃん可愛い」と思ってしまう。
ずいぶん家の中が賑やかになったところで、ユールが立ち上がる。
エミリーが声をかける。
「大丈夫なの、ユール?」
「うん、もう大丈夫」
最初にユールの変化に気づいたのは、同じ魔法使いであるイグニスだった。
「ユールさん……なんか……変わった? 魔力の流れが風邪ひく前よりずっと滑らかになったっていうか……」
「さすがだね、イグニス君」
ユールも、自分の成長を実感していた。
魔法の神は「メリットはない」と言っていた過去へ旅立つ試練だが、ユールの心身に大きな変化をもたらしていた。
「みんな、少し離れてて。軽く魔法を放ってみる」
全員が言う通りにする。
「雷よ!」
右手から軽く放電する。
魔法の心得がある者はもちろん、ない者も「キレが違う」と感じるほどの雷だった。
「ユール、お前パワーアップしてねえか!?」とゲンマ。
「うーん、したのかもしれない」
「風邪ひいたら、パワーアップできるのか!? 俺もひこうかな……」
「私も……!」
ゲンマとスイナは無茶な考えに到達し、皆を呆れさせる。
エミリーはちらりとガイエンを見る。
ガイエンは意外にも満足そうな表情をしていた。
「お父様も、うかうかしてるとユールに負けちゃうかもね~」
エミリーがからかう。
「何を言うか、エミリー! 吾輩、まだまだユールには負けんぞ! ユールよ、吾輩は巨大な壁としてお前の前に立ちはだかってやる! 永遠にな!」
「“永遠に”はやめておいた方がいいわね。程々にしておいて」
そんなガイエンを見て、ユールも勝気な表情になる。
「だったら僕もその壁に挑み続けます! 永遠に!」
「ユールまで!? だったら私は永遠に見守ってやるわ!」
笑い声が響き渡る。
そして、ユールは心の中で思う。
まだまだ僕はお父さんには敵わないけど、いつか必ず超えてみせる。
ガイエン・ルベライトという男を――




