第6話 新天地での一日目
春の陽気が暖かな日であった。
元宮廷魔術師ユール、その恋人であるエミリー、そして騎士団長ガイエン。この三人は今日からフラットの町で暮らすことになる。
エミリーがユールに問う。
「まずはどうするの? ユール」
「今日のところは休んで、明日役場に行こうかなって思ってる。そうしたら僕のこの町での仕事をもらえることになってるんだ」
すると――
「おーい、二人とも!」
ガイエンが何やら袋を抱えてきた。買い物をしたようだ。
「どうしたんですか、ガイエンさん」
「家が必要になると思ってな。さっそく大工道具を買ってきたぞ! 吾輩が立派な家を建ててやる!」
ユールは申し訳なさそうに返事をする。
「すみません、ガイエンさん……住む家は用意してもらってて……。王都から役人が来た時のための宿泊施設を貸してもらえるみたいです」
「……それを早く言わんかぁ!」
「すみませんっ!」
エミリーが頭をかく。
「ある町にやってきて、いきなり『自分で家を建てよう』なんて発想する方がおかしいわよ……」
「ぐぬう……」
娘にも苦言を呈され、歯噛みするガイエンだった。
***
ユールらのこの町での住居となる家屋は、町の東部に用意されていた。
三人の予想に反して、立派な一軒家といえる家屋だった。リビングもキッチンもあり、寝室にはベッドも用意されている。
嬉しい誤算ではあったが、同時にめったに来ない王都の役人のためにこんな施設が用意してあるということは、それだけ王都と地方の力の差が大きいことを表している。
リビングに酒と料理が用意される。
今日はエミリーが料理を作った。お手製のパエリアが大皿に盛りつけられている。
「どぉう?」
「うん、とってもおいしいよ!」
「ありがと!」
「なかなかの味だ。まだ死んだ母さんには及ばんがな」
「お母様にはまだまだ勝てないか……」
パエリアは空になり、酒も進んできた頃、ガイエンがつぶやく。
「せっかく新天地に来たのだ。ここらで各自、今後の抱負を発表せんか?」
エミリーは顔をしかめる。
「なにそれ。いいよ、そんなことしなくて」
「何を言うか! 吾輩も騎士団で、新年の時には必ず皆に抱負を言わせる! その方が気が引き締まるからな!」
「いいですね、やりましょう!」
ユールは乗り気だ。
「貴様も少しは騎士の心というものが分かってきたようだな」ニヤリとするガイエン。
「仕方ないなぁ……じゃあ私からね」
エミリーが抱負を述べ始める。
「私はやっぱりお薬の研究を続けていきたいわね。フラットの町は近くに山もあるし薬草には困らなさそうだから、たくさん研究できそう!」
「ふむ、なるほどな……では次、若造」ユールに話を振る。
「はいっ! 僕の抱負は……えぇと――」
「やっぱり王都への返り咲きを目指す?」とエミリー。
「いや……僕はこの町を踏み台にするような考えはしたくないかな。それよりこの町の人々といち早く信頼関係を築いていきたい。そのためにも、この町で与えられる仕事はきっちりこなさないとね」
実際に町に来たことで、ユールもこの町で暮らしていく覚悟を決めたようだ。
「やるぅ! お父様も何か言ってあげてよ」
「……」ガイエンは震えている。
「ちょっと! なに感動しちゃってるのよ!」
「誰が感動などするか! ちょっと目頭に熱いものがこみ上げてきただけだ!」
「そういうのを感動してるっていうのよ!」
不覚にも感動してしまったガイエンに、今度はユールが話を振る。
「じゃあ次はガイエンさん、抱負をどうぞ」
「え、吾輩も?」
「そりゃそうでしょ。言い出しっぺなんだから」
「うむ……抱負、抱負ねえ……」
腕組みまでしてしまう父に、エミリーは怒ってしまう。
「なにも考えてなかったの!?」
「いや、決してそんなことは……」
「なぁ~にが『新年の時は抱負を言わせる』『その方が気が引き締まる』よ。部下にやらせといて、自分が出来てないじゃない」
「うぐ、ぐうぅ……」
エミリーはユールに向き直す。
「それに引き換え、ユールは素敵! ちゃんとこの町で暮らしていくことを考えてるんだから!」
エミリーがキスでもしようという勢いでユールに顔を近づける。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」
ガイエンが叫ぶ。
「よし、決めたぞ……吾輩は決めた! 吾輩の抱負はお前たちカップルを見張り続けることに決めた!」
「なによそれ~」
ブーブーと不満を漏らすエミリー。
ユールも苦笑していたが、ガイエンのような大人がいると頼もしいな、と安堵するような気持ちにもなるのだった。




