第59話 魔法の神の試練 ~ユールと若きガイエンの共闘~
王都郊外の薄汚い廃屋にて、エマが縛り付けられている。
黒幕は、先ほどガイエンに殴り飛ばされたディードだった。拳を受けた顔面には青黒い痣が出来ている。
「今からガイエンをここに呼び出す……。そして雇ったチンピラ30人で囲んで殺してやる……!」
エマは説得を試みる。
「おやめなさい。罪を重ねてなんになるというのです。今一度騎士団に入団できるよう、剣の稽古にまい進するべきではないでしょうか」
「うるせえ!」
「それにガイエン様は私がさらわれたところで動くことはないでしょう。無駄なことです」
「その場合は、てめえはもう二度と貴族の令嬢を名乗れないような辱めに合うだけだ!」
「いいえ、たとえどんな目にあっても、私が誇りを失うことはあり得ませんよ」
エマの迷いのない目と言葉に、ディードはたじろぐ。
「そう強がってられるのも今のうちだぜ! まあ、ガイエンが来るとしても、もうしばらく時間がある。なんなら、その間俺と楽しむか?」
すると――
「ディードさん!」雇ったチンピラの一人が駆け寄ってきた。
「なんだ!?」
「ガイエンがやってきました!」
「もう!?」
ディードはもちろん、エマも驚いた。
「ガイエン様……!」
「くそっ、早すぎんだろ! ええい、囲んで殺っちまえ!」
***
馬から下りた怒り心頭のガイエンと付き添いのユールが、大勢のチンピラに囲まれていた。
「かなりの数ですね……。ガイエンさん、ここは二手に分かれて――」
「不要」
「え?」
「作戦など不要だ。エマをさっさと取り戻す!」
ガイエンが多勢の中に斬りかかった。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
「ガイエンさん!」
いくらなんでも無茶すぎる。そう思ったユールだったが、すぐに杞憂だと分かる。
凄まじい気迫と速度で、チンピラたちをなぎ倒していく。
「ぐはぁ!」
「あぎゃっ!」
「いでええっ!」
ユールも魔法で援護をするが、「しなくても結果は変わらなかっただろう」と思えるほどの勢いだった。
今のガイエンに比べるとずっと荒々しいが、若さに満ち溢れた快進撃だった。
「エマは!? エマはどこにいる!?」
殺気立ったガイエンに恐れおののき、チンピラたちは逃げていく。
猫の群れの中に獅子を放つような光景だった。
そこへ――
「ここにいるぜ……」
廃屋から、エマに剣を突きつけたディードが出てきた。作戦がメチャクチャになり、顔面蒼白である。
「ディード、やはり貴様だったか!」
「化け物が……!」
「エマを返せ。そうすれば命だけは助けてやる」
「う、うるせえ! こうなったらこの女も道連れだぁ!」
「やめろ!」
ヤケになったディードがエマを斬ろうとする。
しかし、次の瞬間――
「ぐぎゃっ!?」
ユールの手から放たれた雷撃が、ディードを撃ち抜き、失神させた。
「あなたはゲンマさんたちのように改心できそうにはないね」
遠い未来にいる友たちへの言葉を添える。
ディード一味は捕まり、エマは無事救出された。
***
事件の後始末が終わり、ユールはガイエンに呼び出され、二人きりとなった。
「貴様には助けられた……」
ガイエンのしおらしい言葉に、ユールも思わず手を振る。
「いえいえ! 僕がいなくても、エマさんは助けられたでしょうし……」
「いや、おそらく吾輩の剣は間に合わなかった。それにそれだけではない。貴様の言葉がなければ、吾輩はエマを助けに行くことすらしなかったかもしれない」
「ガイエンさん……」
ガイエンは後ろを向いた。
「好いた女すらまともに守れぬ。吾輩の一体どこが騎士なのか」
すかさずユールはこう答える。
「いえ、この国にあなたほどの騎士はいませんよ。今は未熟なのかもしれない……だけど、あなたは絶対すごい騎士になれます!」
ガイエンからの返答はない。ユールも黙っている。
「もはや貴様と決着を――などとは思わん。だが、一つ頼みを聞いてくれ。名前を教えてくれないか?」
背を向けたまま、ガイエンが名前を聞いてきた。
ユールは少し迷ったが、「分かりました」とうなずく。
「僕は……」
名乗ろうとした瞬間、それは起こった。
突如、ユールの全身が光に包まれる。
過去に飛ばされた時と同じ光だった。
***
ユールが目を覚ます。
「ここは……!」
ベッドの上だった。頭には冷たいタオルが乗せられている。
「ユール!」
ベッドの右にはエミリーがいた。
「起きたか!」
左には――
「ガイエン……さん。あれ? 若くない……」
“騎士団長”のガイエンがいた。
「だ、誰が若くないだ! そりゃあ吾輩は若いとはいえんが、まだまだ心はピチピチしておるぞ!」
「ピチピチって表現はどうかと思うんだけど」目を細め、呆れるエミリー。
ユールは自分が“現代”に戻ってきたのだと分かった。
夢だったのだろうか。幻だったのだろうか。若きガイエンから傷を受けた左肩がわずかにうずく。傷跡は残っていないが、この感触は間違いなく本物。ユールは自分が本当に過去に行っていたのだと判断した。
「よかったぁ……!」
エミリーが抱きつく。
「よくぞ風邪に打ち勝った!」
ガイエンも満面の笑みで、ユールを称える。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です!」
ユールの熱はすっかり下がっていた。
「まあ、しばらく無理はせんことだ。動きたくなる気持ちは分かるがな。ここは吾輩とエミリーに甘えろ」
「そうさせてもらいます」
ユールはずっと看病してくれていた二人に心から感謝した。
……
ユールが目を覚ましてから一時間ほどして、ガイエンがこう切り出した。
「そういえば……ふと思い出したことがあった」
「なぁに?」エミリーが聞き返す。
「吾輩がまだ騎士になりたての頃、ユールによく似た若者と会ったことがあるのだ」
「なにそれ?」
エミリーは笑うが、ユールはドキリとした。
「どんな人だったの?」
「魔法使いで、穏やかな性格の男だった。だが、内に熱い闘志を秘めていた」
「ホントにユールみたいじゃない」
ユールはドキドキしている。
「当時の吾輩は、ちょっと強いからといって、ちょっと荒っぽいところがあってな。早い話、図に乗っていたのだ」
「お父様にもそんな時代もあったんだ」
ユールは強さも荒っぽさもちょっとかな、と内心で苦笑した。
「しかし、その若者に出会ったことで、自分の未熟さを思い知った思いだった」
「その人はどうなったの?」
「知らん。いつの間にかいなくなっていた」
「アハハ、なにそれ。お化けだったんじゃない?」
「本当にそうだったのかもしれんな」
ユールも話を合わせて、「アハハ」と笑う。
「いつか探そうとも思ったのだが、その後ますます騎士の仕事が忙しくなり、それどころではなくなってしまった。そうこうするうち、彼のこともすっかり忘れてしまっていた」
「ふーん……騎士団長ガイエンの若き日の恩人ってところか」
「そういうことだな」
エミリーの言葉にガイエンがうなずく。
「ユールよ」
「は、はい!」
「お前がもちろんその男ではないことは承知しているが、代わりに吾輩からの言葉を受け取ってくれぬか? 吾輩がその男にどうしても言いたかった言葉だ」
ユールは動揺しつつ、「どうぞ」と返す。
「では……“ありがとう”」照れ臭そうにするガイエン。「どうしてもこれを言いたかったのだ」
エミリーが苦笑いする。
「ユールにお礼言ってもしょうがないでしょ。ねえ、ユール?」
「うん……。だけど、きっとお父さんの思いはその恩人にも届いたと思うよ」
「ワハハ、そうか! 届いたか! 名も知らぬ我が恩人よ、ありがとう!」
ガイエンは笑った。
こうしてユールは魔法の神の試練を突破することができた。
魔法の神は「メリットは小さい」と言っていたが、ユールとしては「若き日のガイエンに認められる」という決して叶わぬはずの夢を達成することができた。
心の中で密かに礼を述べる。
すると、魔法の神からこんな声が送られたような気がした。
「こちらこそなかなか楽しめたよ。若い魔法使い君」




