第58話 魔法の神の試練 ~ユールvs若き日のガイエン~
「決闘などおやめ下さい! ガイエン様!」
エマがガイエンを止めようとする。
「止めるなエマ! こいつは吾輩を侮辱したのだぞ、叩き斬らねば気が済まん!」
ガイエンが剣を握り締める。
「構えろ、魔法使い! 吾輩を侮辱したこと、とくと後悔させてくれる!」
もはや戦いは避けられそうにない。
ユールのガイエンに対する印象――
騎士団長となった、ユールの知っているガイエンは、どんな強風にも揺るがぬ泰然自若とした“炎”という印象だった。静かながらもまばゆいような明かりで、周囲を照らしてくれる。敵が現れたならば、たちまち巨大な炎となって立ち向かう。
しかし、今目の前にいる若きガイエンはそれとは少し違う。ギラギラとメラメラと燃えており、近づくもの全てを焼き尽くす、そんな印象だった。そして今まさにユールもその炎の脅威に晒されているのだ。
ユールは若いガイエンを恐ろしく思う。
同時に、この若くギラギラした頃のガイエンに認められることを望んでいたのではないか、とも思い返す。
となると、直接対決がもっとも手っ取り早い。これはチャンスでもあるのだ。
「分かりました……やりましょう!」
ユールも身構える。
「いい目だ。ディードなどより、よほど楽しめそうだ」
ガイエンはニヤリと笑う。
怒ったのは事実だが、ユールの力量を密かに見抜き、戦うきっかけを探していた部分もあったのかもしれない。
「行くぞ!」
剣を振りかぶり、ガイエンが斬りかかってきた。
ユールも呪文を唱える。
「火炎球!」
炎の塊を飛ばす。
ガイエンは高速で剣を振るい、火炎を切り払う。
「面白いな……これが魔法か!」
「雷撃!」
続いて雷撃。
ガイエンは即座に剣を地面に突き刺し、雷を受け流す。
「痺れたぞ……やるじゃないか!」
ユールは驚いていた。
この頃のガイエンは、まだ魔法に触れたことはほとんどなかったはず。
なのに、彼の対処法は剣の使い手として完璧といっていいものだった。
まさに天性の戦闘センスの持ち主といっていい。
これが、この男こそが――ガイエン・ルベライト!
この才能の塊である若い怪物が、永き研鑽を経て、誰もが認める国の英雄“騎士団長ガイエン”に成長していくのだろう。
ガイエンが間合いを詰める。
眼前に堅固なシールドを張るが、すかさずガイエンはそのシールドをフットワークでかわし、斬りつけてきた。
「ぐあっ……!」
左肩を負傷するユール。
「いい反応だ! 貴様もただ魔法を使えるだけの男ではないな! 剣術を知っている!」
むろんである。
ユールはガイエンの剣術を間近でずっと見てきた。
「名前を聞いておこう。名乗れ!」
ユールは答えない。自分はここにいるはずのない人間なので、答えるわけにはいかなかった。
「あくまで名無しで通すか……まあいい、ならば名無しのまま死んでいくのも一興よ!」
これまでの攻防で、ユールもとても手加減できる相手ではないと悟る。
しかし、全力の魔法など当てればガイエンがどうなるか分からない。
僕はどうすれば――
「おやめ下さい!!!」
突如エマがガイエンの前に出た。
「エマ……邪魔だ、どけ!」
「いいえ、どきません。こんな決闘、ガイエン様らしくもない」
「お前に吾輩の何が分かる!?」
「分かりますとも。あなたは誇り高い騎士で、多少の侮辱を受けたぐらいでは決して揺らぐことのない心を持っていると!」
「くっ……!」
「決闘を続けるなら、私をまずお斬り下さい! さあ!」
エマの迫力に押され、ガイエンは剣を納める。
どことなく、エミリーに何も言えなくなる現代のガイエンを思い出すユールだった。
「名無しよ、決着は取っておこう」
戦いは中断され、ユールも安堵する。
「しかし、貴様はいつか必ず斬る。忘れるなよ!」
「は、はい……」
ユールと若きガイエン。本来決してできるはずのない、妙な因縁ができてしまった。
***
その後、エマはお稽古があるとのことで、去っていった。
ユールはガイエンと二人きりになってしまう。
ガイエンがユールを訝しげに見つめる。
「貴様は……なんなのだ? 吾輩のファンかと思いきや、いきなり吾輩を最低呼ばわりし、温和そうでいて、かなりの修羅場をくぐってることも窺える」
「……」
ユールが黙っていると、ガイエンが再び剣を抜き、構える。
「まあいい。だったら吐かせてやるまでだ!」
「ええっ!?」
いきなり決闘が再開しそうなので、ユールは焦る。
「あの……無礼をしたことは謝りますから!」
「そんなことはどうでもいい。貴様もさっきは本気を出してはいないだろう。決着をつけるぞ!」
名声に飢えている血気盛んなガイエンからすると、ユールは申し分のない「腕試しの相手」なのであった。
「さあ、始めるぞ!」
「ま、待っ……」
問答無用で決闘が始まろうとした――その時だった。
「ガイエンさん、大変です!」
市民の青年がガイエンの元に駆け付けてきた。
「なんだ?」
「今そこで……エマさんがさらわれた!」
「エマが!?」
これにはユールも驚く。
「しかし、吾輩は……今こいつと決闘を……」
悩めるガイエンに、ユールが一喝する。
「ガイエンさん!!!」
「!」
「あなたが今もっともやりたいことは……なんですか!」
あえて「エマさんを助けに行きましょう」とは言わなかった。ガイエンの判断に委ねた。
ガイエンは即座にうなずいた。
「よく言ってくれた……どっちに向かった!?」
「王都の東の方です!」青年が答える。
「あのあたりは人をさらうのにちょうどいい廃屋がある……クズどもめ!」
吐き捨てるように言うと、ガイエンはすぐさま準備にかかる。
そして、馬に乗ろうとするガイエンに、ユールが申し出る。
「僕も連れていって下さい!」
「……よかろう。馬には乗れるか?」
「乗れません!」
「ならば吾輩の前に乗れ! しっかりつかまっていろよ!」
「はいっ!」
ガイエンが馬を走らせる。
走らせた途端、感情を爆発させたように絶叫する。
「エマああああああああああああああああああああ!!!」
一緒に乗せているユールをまるで考慮していない声量だった。
「エマああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
しかし、ユールはそれが心地よかった。
一大事だというのに、ユールの顔は綻んでしまう。
エミリーさん、君のお父さんはお母さんのことをこんなにも愛していたんだよ、と――




