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第57話 魔法の神の試練 ~30年前の王都にて~

 若き日のガイエンが話しかけてくる。

 騎士の勲章をつけているので、すでに騎士団に所属していることが分かる。


「聞いているのか。吾輩に何か用か?」


 ユールは呆然とつぶやいてしまう。


「お父さん……」


「お父さん!? 誰がお父さんだ!」


「あ、いえ、すみませんすみません! ガイエンさん!」


「ほう、吾輩の名を知っているとは。吾輩も少しは有名になったということか」


「え、ええ」


 ガイエンは気をよくしている。ユールはこのまま「ガイエンのファン」のような設定でいこうと決めた。


「そうなんです! 僕は魔法使いなんですけど、ガイエンさんに憧れてまして……」


「そうかそうか! 吾輩は魔法使いなどいかがわしい存在だと思っていたが、貴様のような者もいるのだな」


 相当鼻が高くなっている。

 この頃のガイエンはまだまだ功名心が強いようだ。


「よろしければ、お供をさせてもらえませんか?」


「ああ、かまわんぞ! 吾輩の騎士っぷりをよく見ておけ!」


 得意げに歩くガイエン。それについていくユール。

 これが魔法の神の仕業であることは間違いないのだが、神の狙いがなんなのか、どうすれば試練を乗り越えたことになるのか、全く想像がつかなかった。


 すると、町の女性たちが次々にガイエンに寄ってくる。


「ガイエン様、これ……お菓子です!」

「プレゼントです!」

「よかったら……このマフラーを……」


 ユールは驚くと同時に納得する。この時代のガイエンは若く、見た目もよく、将来有望な騎士。モテない方がおかしいのである。

 しかし、ガイエンは振り払うように突っぱねる。


「吾輩はプレゼントなど不要だ。散れっ!」


 女たちは残念がりつつも、「そこがかっこいい」などと言いつつ去っていった。


 ユールはガイエンに尋ねる。


「いいんですか? あんな冷たく扱って……」


「吾輩は女が嫌いなんだ。騎士道の邪魔にしかならん」


「でも、女性を丁重に扱うというのも騎士道なのでは……」


「それは甘ったれた騎士道だ。吾輩の騎士道は剣を極め、国と王のために戦い、名を上げることだ。それ以外のことは一切無用!」


 こう宣言するガイエンには、現代のガイエンとはまた種類の違う威厳が漂っていた。

 とはいえ、「モテて本当は嬉しかった」とは後々の本人の弁であるが。


 歩いていると、今度は男が寄ってきた。剣を構えている。ガイエンのファンではないことは明らかだ。


「ガイエンンンンン!!!」


「なんだ、ディードではないか」


 ディードと呼ばれた茶髪の青年は、目を血走らせている。


「お前にボロ負けしたせいで、俺は騎士団に入団できず……! 大恥かいて……許せねえ!」


 ガイエンと騎士団入団を争った仲のようだ。しかし、見事に明暗が分かれてしまったらしい。


「知るか。貴様が弱いのが悪い。それだけだ」


「殺してやる、ガイエンッ!」


 ディードは激高して斬りかかってきた。ユールも思わず援護しようとするが、ガイエンは涼しい表情のまま、ディードを殴り飛ばした。


「ぶぐえっ!?」


「貴様のような半端者では、騎士になれたとしても何も成せぬ」


 剣を抜くこともなく、仮にも騎士候補だった青年を一撃でノックアウトしてしまった。


「つ、強い……!」


 ユールもこうつぶやくしかないほどの強さだった。


 ディードを撃退したところに、一人の女性が近づいてくる。

 ユールは若いガイエンを見た時以上に驚いた。


「エミリーさん……!?」


 しかし、直後に違うことに気づく。

 エミリーと同じく金髪で色白、新緑の瞳を持ち、よく似た顔立ちであるが、目元や鼻筋に微妙な差異がある。エミリーよりも儚い印象を受ける。


「エマか」


「ガイエン様!」


 女性はエマであった。つまり、後のガイエンの妻であり、エミリーの母となる女性である。

 よろよろと逃げていくディードを見て、エマが呆れた表情をする。


「また喧嘩をなさったのですね」


「喧嘩などではない。下郎を成敗しただけのこと」


「ガイエン様はお強いですが、もっと思いやりを持ちませんと」


「……説教はいい」


 穏やかな顔つきでありながら、エマは自分の主張をはっきりと言う女性であった。ガイエンも突っぱねることができない。


「で、何の用だ?」


「お弁当を作りました。一緒に食べませんか?」


 にっこりと笑うエマ。ガイエンの表情も一瞬緩むが、すぐに引き締める。


「吾輩、腹は減っておらん」


「ですが、午前中も剣の稽古でお疲れでしょう」


「そこの魔法使いにでも食わせればよい」


 ユールにお鉢が回ってきてしまった。


「そうですか。よろしければ、いかがですか?」とエマ。


「え、はぁ……じゃあ、いただきます」


 ユールはエミリーの両親となる二人と昼食を取るという奇妙な事態に巻き込まれてしまった。



***



 王都内の公園にある芝生にシートを敷き、三人で昼食を取る。

 といっても、食べているのはエマとユールの二人だけ。ガイエンはつまらなそうに、そっぽを向いている。


「お弁当、おいしいですか?」


「お、おいしいです」


 エマに尋ねられ、ユールは答える。美味しいのは確かだが、ガイエンが食べるべきなのにという思いも抱く。

 ガイエンは虚空を眺めている。


 エマはガイエンにも話しかけるが、ガイエンはそっけない返事をするのみ。

 しかし、エマはそれを気にする様子はない。

 ユールもガイエンの冷たい態度に思うところはあるが、本来自分はここにいる人間ではないという自覚もあるので、うかつに口も出せない。

 ユールからすると、気まずい時間が流れる。


 公園では子供たちが遊んでいる。

 それを見てエマが微笑む。


「元気な子供たちですね」


「ああ、将来的にはぜひ子供が欲しいものだ」


 おそらく恋愛を意識した発言ではないのだろうが、ガイエンは大胆な発言をする。


「しかし、欲しいのは息子だな。娘はいらん。剣を教えることも、騎士にすることもできんからな」


 この発言に、ユールはカチンときてしまう。

 まだ親になる前の、若き日のガイエンの発言だということは分かっているはずなのに、愛するエミリーの存在を全否定されたような気分になってしまったのだ。

 そして――


「ガイエンさん!」


「なんだ?」


「あなたは……最低です! 今の言葉、取り消して下さい!」


 ガイエンも目を丸くする。


「なんだと、貴様!? 吾輩を最低だと!?」


 ユールは自分のやらかしたことに気づく。

 エミリーのことになるとついこうなってしまう、と反省する。


「あ、いえ……そんなつもりじゃ……」


「じゃあどんなつもりだ!?」


 ガイエンの強烈な眼差しがユールを射抜く。


「今の発言、取り消すというわけには……」


「取り消せるわけないだろうが! 吾輩を侮辱しおって……許さん! 決闘だ! 決闘しろ!」


 ユールは剣を突きつけられてしまった。

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