第55話 フラットの町対抗雪合戦!
しばらく雪で遊んでいると、ガイエンが言った。
「どうだ、近くの空き地で雪合戦でもせんか?」
「雪合戦?」
エミリーが聞き返す。
「雪玉を投げ合って、ぶつけ合う遊びだ。雪遊びの花形ともいえる」
「へえ、面白そう!」
「ぜひやりましょう!」
「では、空き地に向かうぞ!」
三人の中で最も元気なのはガイエンかもしれなかった。
雪を踏みしめ、空き地に着いた三人。
「吾輩は一人、お前たちは二人でいいぞ。騎士団長だからな、それぐらいのハンデはつけんといかん」
さっそくユールとエミリーは雪玉を投げつける。
が、当たらない。全てかわされてしまう。
「甘いぞ、二人とも。ほれっ!」
ガイエンの雪玉がエミリーに優しく当たる。
「きゃっ! やったわねえ!」
ガイエンの雪玉がユールに強めに当たる。
「わぶっ!」
あからさまにユールには強めに投げている。
「ちょっとお父様! ひどいじゃない!」
「勝負の世界にひどいなどない! さあ、どんどん行くぞ!」
若者二人と騎士団長の雪合戦が繰り広げられる。
しかし、剣の達人であるガイエンが二人の雪玉に当たるはずもなく、ユールとエミリーの被弾数ばかり増えていく。
「強い……さすがお父さんだ。まるで隙がない」
「ああいうのはね、“大人げない”っていうのよ」
「ハハハ、どうした二人とも! 吾輩に一発ぐらい雪玉を当ててみせろ!」
エミリーがユールに耳打ちする。
「……ええっ、いいのかなぁ」
「いいのよ。お父様に思い知らせてあげましょ」
エミリーが「えいっ!」と雪玉を投げつける。
スローで、とてもガイエンに当たるような玉ではない。
ところが――
「突風よ!」
ユールが魔法を唱え、風で加速させる。
そのまま高速弾と化した雪玉がガイエンの顔面を直撃した。
「ぶげあっ!」
作戦が成功し、喜ぶエミリー。ガイエンを心配するユール。
「お前たち……なんというひどいことを!」
「勝負の世界に“ひどい”なんてないんじゃなかったの?」
「ぐぬうう……」
娘の言葉に何も言えなくなるガイエン。
三人が汗をかいてきた頃、ゲンマとニックがやってきた。
「お、雪合戦やってるのか!?」
「俺らも入れてくれっす!」
さらにイグニスとネージュも兄妹で仲良くやってくる。
「ハッハー、こんな寒いのに楽しそうだな!」
「私たちも入れて!」
程なくしてスイナも駆けつけてきた。
「おお、雪を用いての戦いとは! いい修行になりそうだ!」
ティカとリンネも二人でやってきた。
「オイラも入れてよ!」
「雪合戦……ボクもやりたい!」
花屋の少女ノナも、遊びに来た。
「エミリーお姉ちゃん、こんにちはー!」
どうやら皆が「雪も積もったし、ユールのところに行こう」となったらしい。
あっという間に人数が集まってしまったので、ガイエンが年長者として仕切る。
「よし、雪合戦スタートだ! 存分に戦うがよい!」
チーム分けはせず、バトルロイヤル形式の雪合戦が始まった。
「いくぜぇ、ユール!」
ゲンマとニックは二人でユールを集中的に狙う。
「ゲンマさん、どうして……!」
「なにしろまともな戦いじゃ、到底お前には勝てねえからな。こういう時だからこそ雪辱を晴らすぜぇ、雪だけに!」
「この汚さ! 昔の兄貴に戻ったみたいっす!」
魔法の達人であるユールも、雪玉のぶつけ合いでは分が悪い。
だが、ユールが狙われているのを見て、リンネが怒った。
「ユールばかり狙って! 許さないぞ!」
リンネがゲンマとニックに雪を投げる。が、彼女の腕力はさほどでもないので、二人に有効打は与えられない。逆に反撃を受けてしまう。
これに、今度はスイナが怒った。
「かよわい女子になんということを……私が相手だ!」
スイナは舞うように雪玉を投げつける。
彼女の玉はコントロールが精密で、ゲンマとニックは全くかわせない。
「うぎゃああああっ!」
「つええっす……!」
イグニスとネージュは呼吸の合ったコンビネーションで雪玉投げを披露している。
「どうだぁ、俺たちの雪投げは!」
「誰も近づけないでしょ!」
だが、そんな兄妹をあざ笑うかのようにティカはひょいひょい避けて、二人に雪玉を投げつける。
「オイラには当たらないよーだ!」
身軽なティカにとって、雪合戦は得意分野であった。縦横無尽に動き回り、周囲に雪玉をぶつけていく。
そんなティカに立ちはだかるのはリンネ。
「お、オイラとやる気かい?」
「ああ……ボクなら君を止められる!」
リンネはティカに幻術をかけた。足元が凍り付いてしまう幻覚だ。
「うわっ、オイラの足が!?」
幻ではあるのだが、これでティカの動きが止まる。そこへリンネは雪玉を投げつける。
「ぷぎゃっ!?」
もちろんクリーンヒット。
「ひどいや、幻術を使うなんて……」
「たとえ遊びでも、使えるものは何でも使うのがボクの主義なんでね」
そう得意げに話すリンネに、ガイエンが投げた雪玉が直撃する。
「きゃっ!」
「その通り! これは雪合戦! 遊びに過ぎぬ! しかし、遊びだからといって吾輩は手を抜かぬ!」
猛威を振るうのはやはり騎士団長ガイエン。
騎士生活で鍛え抜いた勘と反射神経を存分に使い、周囲に雪玉を当てまくる。
明らかにみんな本気になり始めている、とだいぶ雪玉を浴びて雪まみれになったユールは冷や汗をかく。今のうちに雰囲気を和らげないと、雪合戦はさらにエスカレートする恐れがある。
「エミリーさん、僕たち二人でなんとか雪合戦を止めよう!」
しかし、エミリーは知らん顔だ。
「んー? 私は中立を貫くわ」
「え!?」
「やらせておけばいいのよ。私はノナちゃんと雪だるまを作ってるから。ねー、ノナちゃん?」
「うん!」
エミリーとノナは雪だるま作りを楽しんでいる。
エミリーの助力は得られそうにないので、ユールは焦る。
そこに「隙あり!」とばかりに、雪玉が飛んできた。
「ぶはっ!」
この一撃で、ついにユールの目つきが変わる。
「ようし分かった……僕も本気でやるよ!」
ユールは呪文を唱える。
「小竜巻!」
竜巻で雪を巻き上げ、周囲に雪玉の散弾を浴びせる。
これに皆が驚き、ガイエンは歓喜する。
「さすがだユール! 我が息子! 雪王の称号をかけて決戦といこうではないか!」
「ええ、お父さん!」
いつの間にか謎の称号をかけた戦いになっているが、ユールもすっかりその気になっている。
ガイエンとユールの熱気に当てられ、雪合戦はさらに過熱していく。
もはや、この死闘を止められる者はいないのか――
その時だった――
「うえぇぇぇぇぇん!」
泣き声が響いた。
ノナだ。
エミリーと作っていた雪だるまが雪合戦の巻き添えを食って、壊れてしまったのだ。
「大丈夫? ノナちゃん……」
「うん……」
「みんな、雪合戦に夢中になるのは結構だけど、明らかにやりすぎよ! 私も見てたけどみんな殺気立って、そのうち雪が赤く染まっちゃうんじゃって勢いだったもの!」
エミリーの叱責に、参加者は全員反省した。どうやら自覚はあったようだ。
「って、なにぼんやりしてるの! 私とノナちゃんも参加するから、もっと楽しく雪合戦しましょ!」
ここからの雪合戦は、きちんとルールを定め、熱くなりすぎない健全な勝負となった。
ユールがエミリーに礼を言う。
「ありがとう、エミリーさん。あのままだったらどうなってたか……」
「アハハ、雪合戦に本気になってるユールもかっこよかったわよ。お父様は……年を考えろって感じだったけどね」
かくしてフラットの町の雪合戦は、流血を見ることなく平和的に幕を閉じた。




