第54話 フラットの町に雪が降る
朝からぐんと冷え込む日だった。
「今日は一段と冷えるわね……」
「うむ……。これは雪になるかもしれんな」
エミリーとガイエンが父娘で震えている。
一方、ユールは平然としている。
「ユール、ずいぶん余裕そうじゃない!」
「なぜだ!?」
父娘に迫られ、ユールは種明かしをする。
「この間もらったセーターを三枚とも着てるからですよ」
ぬくぬくしているユールを、父娘は恨めし気に眺める。
「一着よこしなさい!」
「モテ期めぇぇぇぇぇ!」
ユールは「僕のために編まれたものだから」と必死に断るのだった。
家にはレンガでできた暖炉も備わっている。結局、暖炉に火をつけることになった。
火をつけるのはもちろん魔法使いのユール。
部屋中に暖かさが広がる。
「あたたかぁい……」満足げのエミリー。
「生き返った……」ガイエンも目をつぶる。
「よかったです」ホッとするユール。
暖炉の中で揺らぐ炎を見ているうちに、ガイエンがこんな提案をする。
「せっかくだし、この炎でチーズでも焼かんか?」
二人も賛成する。
「いいわね、それ!」
「おいしそうです!」
さっそくエミリーが、保管していたチーズを切り分け、長い棒に刺し、炎で焼き始める。
「おっ、とろけてきたわ。そろそろいいかも!」
焼け焦げて、ほんのり溶けたチーズを頬張る。
「はふっ……おいひぃ~!」
満面の笑みを浮かべるエミリー。
「あづうっ! しかし、美味いぞ!」
ガイエンは冷まし方が不十分だったようだ。
「これは……おいひいですね!」
ユールもチーズを存分に味わう。
チーズを食べながら、ユールはガイエンに尋ねる。
「お父さんは騎士団として、寒い地域にも遠征したんですか?」
「ああ、もちろんだ。ここよりずっと寒い地域に向かったこともある」
「そのわりに寒さに弱いわよね、お父様って」
「寒い地域に遠征したぐらいで寒さに強くなれたら苦労せんわい。それに、騎士団長として部下を率いている時はさすがに『暑い』『寒い』は自分で言うことは禁句にしておった。部下に示しがつかんからな」
「上に立つ者として、というやつですね」
「そういうことだ」
人を率いる者の重責というものを、ガイエンから学ぶユール。
「寒い地域で、厳しい戦いに出くわしたりはしましたか?」
「フロストリザードは強敵だったな。氷のブレスを吐いて、人を氷像にしてしまうという恐ろしい魔獣だった」
「お父様、そんなのとも戦ったんだ……」
自分の知らないところで怪物と死闘を繰り広げていた父に、エミリーも驚く。
「ある村がその魔獣のせいで大きな被害を受けてな。騎士団で挑んだが、氷の魔獣だけあって、硬くて剣では斬れん。ユールのような魔法使いがいれば炎魔法でも喰らわせられたのだろうが、そうもいかなかった」
「それで、どうなったんです?」
「吾輩は焚き火の炎で剣を炙って、その熱が残るうちに渾身の一撃を浴びせて、首を刎ねた」
「す、すごいですね……」
若き日のガイエンが極寒の地で、魔獣と戦う姿を想像する。
こうして戦果を積み重ね、「生ける伝説」といえる存在になっていったんだな、とユールは実感する。
「お父様の凍えるような話を聞いてたら、ますます寒くなってきたわ。と思ったら、雪が降ってきたわね」
窓から外を見ると、ちらちらと雪が降り始めている。
「これは……積もるであろうな」とガイエン。
「ええ、そうですね」ユールもうなずく。
「今夜はもっと冷えるだろうし、さっさと寝た方がいいわね」
エミリーに促され、ユールとガイエンも寝る支度を始める。
「温かくして眠るのだぞ、エミリー、ユール」
こう声をかけるガイエンの口調はやはり逞しく、優しいものであった。
***
次の日、目を覚ましたユールが窓の外を覗く。
すると、外は白い雪に覆われていた。
「うわぁ、すっかり積もってる!」
エミリーもやってきた。
「こんなに雪が積もってるの見るの、初めて!」
王都生まれ王都育ちのエミリーは、あまり雪を見たことがなかった。
道路にうっすら積もるのを見るのがせいぜいであった。
「エミリーさん、外に行こう!」
「うん!」
しかし、そんな二人をガイエンが止める。
「待てい」
「え」
「なぜです? お父さん……」
ガイエンは凛々しい顔つきで外に向かう。
「吾輩、新雪の第一歩を踏むのが大好きでな。これは譲れん!」
ザクザクと実に楽しそうに雪を踏むガイエン。エミリーは呆れ、ユールは微笑ましく思うのであった。
三人とも外に出て、しばらく雪踏みを楽しむ。家の周囲に大量の足跡が出来上がる。
「エミリーさん、雪だるまでも作らない?」
「いいわね! じゃあ私が頭を作るから、ユールは胴体をお願い!」
「うん、分かった!」
ユールが雪を転がして、大きな胴体を作り上げる。
エミリーが小さな雪玉を作って、それを胴体の上に乗せる。
さらには家にあった炭で顔のパーツをつけ、枝で腕を作って、出来上がり。
「できた!」
「これはいいスノーマンだわ!」
なかなかの出来栄えに喜ぶ二人。
しかし、そんな二人をガイエンがあざ笑う。
「甘いぞ、二人とも!」
二人が振り向く。
「吾輩はこんなものを作ってしまった!」
そこには見事な『雪でできた騎士』があった。
「この短時間でよくあんなもの作れたわね……」
「僕はまだまだお父さんには敵わないな。見習わないと……!」
「こんなの見習わなくていいって」
すかさずエミリーが突っ込む。
ガイエンは仁王立ちで「まだまだお前たちには負けんぞぉ!」と高笑いするのだった。




