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第52話 冬の訪れ

 リティシア王国に冬が訪れる。フラットの町も少しずつ冷え込む日が増えてきた。

 厚手のローブを着ているとはいえ、ユールは寒さを覚える。


「山から吹き下ろす風のせいなのか、王都より冷え込むみたいだな……」


 山を見るユール。

 フラットの町は雪が降るという。そうなると、春までは山に行くことは避けた方が無難だろう。

 本格的に冬に入る前に、一度行っておこう。

 そう決めたユールは山に入ることにした。


 山を少し登ったユールは、大木を見つけ、その根元で瞑想を始める。


「……」


 瞑想は精神を集中させ、己の魔力を練り上げることができる魔法使いとして最も基本的な修行である。

 しかし、ある程度習熟した魔法使いは瞑想を怠りがちになる。やはり新しい魔法を覚えたりするような鍛錬の方が上達の実感を得やすく、魅力的だからだ。

 ユールも宮廷魔術師に上り詰めるほど魔法には熟練しているが、瞑想を一日たりとも欠かしたことがない。そのおかげか、ユールの魔力の流れは非常に滑らかかつ充実したものとなっている。

 だからこそ、魔法教室でも瞑想の重要性を事あるごとに説いている。


 ある時、エミリーにこう言われたことがある。


「ユールは本当に瞑想が好きねえ」


 ユールはこう返す。


「うん、魔法の基礎中の基礎だからね。それに魔法は精神が重要だから、瞑想することでどんなことにも動揺しない心を身につけることができるんだ」


「なるほどねえ……」


 エミリーは感心したようにつぶやくと、突然笑顔を見せる。


「じゃあ私は瞑想が好きなユールがだーいすきっ!」


 あの笑顔が脳裏に蘇る。

 あの時のエミリーさん可愛かったな。僕もそんなエミリーさんが大好き。

 たちまち瞑想どころではなくなってしまう。

 まだまだ僕も修行不足だな。慌てて首を振るユール。


 すると、感覚が鋭くなっているユールは気配を察知する。


「僕に近づいてくる……。敵意は感じられない……」


 まもなく近くの茂みから現れたのは熊だった。かつてユールが助けたメス熊である。


「君か……!」


「ガル……」


 熊はいくらかの木の実をユールの近くに置いてくれた。


「もうすぐ冬眠だっていうのに、ありがとうね」


 ユールは優しく微笑む。


 その時だった。


「ギャァァァァス!」


 けたたましい鳴き声が轟いた。


「上空!?」


 上を向くと、そこには翼を生やす竜――ワイバーンがいた。

 決してサイズは大きくなく、普段は群れで行動し、温厚なのだが、何らかの理由で群れからはぐれたワイバーンは凶暴になるという性質を持つ。


「この時期にワイバーンがリティシアにいるはずないし……群れからはぐれたのか!」


 ワイバーンは熊を狙っているようだ。

 翼竜と熊、狙われればひとたまりもない。熊も怯えている。

 しかし、ユールが熊を守るように立つ。


「大丈夫、ここは僕に任せて」


 ワイバーンが高速で突っ込んできた。

 しかし、なぜかその軌道が逸れてしまう。


「ギャウッ!?」


 ワイバーンは何度も何度も降下攻撃を試みるも、ユールと熊には届かない。


「無駄だよ」


 ユールが静かに告げる。


「風魔法で君の軌道をずらしてるんだ。僕たちには絶対届かないよ」


 ワイバーンはさらに攻撃を仕掛けようとするが――


「ギャオオッ!」


 竜巻魔法がワイバーンをかすめる。直撃すればワイバーンといえど大打撃だった。

 ワイバーンも飛行を続けつつ、怯む。


「えーとね、今戦いながら探知魔法で調べたけど、君の群れは向こうにいるよ」


 ユールが指で教えると、ワイバーンにも伝わったのか、大人しく飛び去っていった。


「ふぅ……ビックリした」


 命を助けられた熊はユールの顔をペロペロと舐めるのだった。


「アハハ、ありがとう」


 ユールは両腕に木の実を抱えて、自宅に戻った。


「ただいまー」


「お帰りなさ……どうしたの、その顔!? 雨でも降ったの!?」


 顔の半分以上が濡れているユールは答える。


「熊と出会って、顔をたくさん舐められちゃって……」


「ああ、そうなんだ」


 エミリーもキノコ狩りの時に熊と会っているので、事情を察する。

 ガイエンが駆けつけてくる。


「ナメられただと!? いかんぞ、ユール! 魔法使いも騎士もナメられたら終わりだ! 今すぐやり返しに行くのだ!」


 たじろぐユール。こういう時に頼りになるのはもちろんエミリーである。


「お父様は黙ってて!」

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