第51話 秋の終わり
リティシア王国の王都でも、木々はすっかり落葉を終えていた。
清掃人が道端の葉を掃除する光景は、一種の風物詩である。
城内では、第二王子“バカ王子”ことマリシャスが兄リオンから叱責を受けていた。
「マリシャス、また使用人に無茶な頼みをして、怪我をさせたらしいな! いい加減にしろ!」
「……ふん!」
ふてくされて去っていくマリシャス。
リオンは聡明である。もはやマリシャスに対して、兄弟に向けるような情はなかった。
いずれ父王リチャードにマリシャスの排斥を上訴する心構えもあった。
しかし、そんな彼でも問題児マリシャスが隠れみのにされていることには気づいていなかった。
マリシャスが宮廷魔術師モルテラに不満を漏らす。
「また兄上に叱られた……もういいから、計画を実行に移そうぜ! 早くこの国を俺のものにしたいんだ!」
そんなマリシャスをモルテラは睨みつける。
「待つのです。まだその時ではありません」
「だけどさ……!」
モルテラが眼光を鋭くする。委縮するマリシャス。すでに二人の力関係は逆転している。
「慌てればこれまでの準備が全て水の泡となります。マリシャス殿下はこれまで通り、立派な王子として振舞っていて下さい」
「……分かったよ」
立派な王子とは“バカ王子”という意味であるが、むろんマリシャスは気づいていない。マリシャスがいつも通り振舞えば振舞うほど、モルテラはその陰に隠れることができる。
「しかし、戦力は集まってるんだろうな?」
「ご安心下さい。ジャウォックは少しずつ自分の仲間だった傭兵を城下に呼びつけていますし、私の禁術も完成しつつあります」
マリシャスがモルテラの段取りのよさに感心しつつ、苦笑する。
「しかし、お前も熱心だな。何がお前をそこまで突き動かすんだ?」
「……それはもう、マリシャス殿下に天下を取ってもらいたいですから」
「ハハハッ! そうか! お前は俺のことをよく分かっている!」
マリシャスとモルテラの計画が実行される日は確実に迫っている。
***
フラットの町も、秋が終わろうとしていた。
ユールが中央通りを歩いていると、刺すような冷たい風が吹く。
「うっ……! もう冬がやってくるんだな……」
肌寒さから冬の足音を感じ取るユール。
同時に秋を振り返る。
ユールとしては満足いく秋となった。
数年ぶりに故郷に帰ることができた。
古代竜と戦い、幻術士リンネを助けることができた。
自分たちの留守中に、フラットの町の住民が一致団結して町を守った。
ガイエンを超えたいという気持ちを新たにすることができた。
そして、愛するエミリーとの仲も――進んだよな、とユールは微笑む。
果物屋の主人が話しかけてくる。
「ユール君、よかったらブドウどうだい?」
「いいんですか?」
「ああ、ユール君には荷物運びを手伝ってもらったからね」
ユールは風魔法で荷物を運んだことがあった。そのお礼であった。
「ありがたくいただきます!」
エミリーとガイエンも喜ぶ、とユールは笑顔になった。
さらに、顔見知りの主婦に声をかけられる。
「ユール君、最近エミリーちゃんとはどう?」
「えぇっと……仲良くやってますよ!」
「ホントかい。エミリーちゃんには腰に効くいいお薬をもらってねえ……。貴族なのにあんないい子他にいないよ。大事にしてあげなよ」
自分の知らないところで人助けをしているエミリーを誇りに思う。
「もちろんです。僕は必ずエミリーさんを幸せにしてみせます!」
必要以上にきりっとした表情で返すユールに、主婦は驚きつつも、エールを送る。
「手強いお父さんもいるけど……頑張ってね」
「はいっ!」
ユールはそのまま自宅に帰る。
家ではエミリーとガイエンが待っていた。
「お帰りなさい、ユール!」
「今日は寒かったのではないか?」
「そうですね。ちょっと肌寒くなってきましたね」
「そう思って、今日はとろけるようなシチューを作ってみたわ!」
「ホント!? 嬉しいなぁ」
ユールは椅子に座ると、エミリーが作った愛情たっぷりのシチューに舌鼓を打つ。
冬が来る。一年のうちで最も寒く、厳しい季節が。
これで第三章終了となります。次回から新章に入ります。
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