第50話 エミリー、薬の力で開放的になる
自宅にて、机に向かってあれこれ薬草を練り合わせるエミリー。
やがて、勢いよく立ち上がる。
「やったわ! 完成よ!」
エミリーの手には黄色い丸薬が握られていた。
「どうしたの?」とユール。
「どうしたのだ?」ガイエンも様子を見にくる。
「ふっふっふ、新しい薬が完成したのよ! 性格を変える薬がね!」
ユールとガイエンは冷ややかな反応を見せる。
なぜなら二人とも被害者だから。
「どう? ユールかお父様、どっちか飲んでみない?」
「ご自分でどうぞ」
「吾輩も絶対飲まんぞ!」
ユールもガイエンもきっぱり断った。
「だよねえ、オホホホ。じゃあ自分で飲もうっと」
エミリーはためらいなく自分で薬を飲んでしまった。
「あっ!?」
「おい、大丈夫か!?」
ユールとガイエンが揃って心配する。
「平気よ。体の毒になるような成分は入ってないし」
「どんな薬なの?」
「今回のは“開放的になる薬”……ってところかしら」
「開放的……?」首を傾げるガイエン。
エミリーによると、人と喋るのが苦手な人が、開放的になれるような薬を目指したらしい。エミリーは元々社交性が高いので、あまり変化はないだろうな、とユールは思う。
「ん……!」
エミリーの顔が火照り始める。
「エミリーさん!?」
エミリーは長袖のワンピースを着ていたが、そのボタンを外し始める。
「なんだか暑くなってきたわ……脱いじゃおうかしら」
突然の展開に、ユールとガイエンは慌てる。
「ダメだ、エミリーさん!」
「いかんぞエミリー!」
「なんでぇ? 二人とも、そういうの見たいんでしょ?」
薬の作用か、エミリーの目がトロンとしている。
放っておけば本当に脱いでしまいそうだ。
以前ユールはリンネにこの手の幻覚を見せつけられたが、今度は幻覚ではない。紛れもない現実である。
「止めるぞ、ユール!」
「は、はい! でもどうやって……」
「吾輩がやるとすれば、当て身で気絶させるしかないが……」
「それはダメです! 絶対ダメです!」
ユールからすればエミリーを打撃で気絶させるなど猛反対である。
「その通りだ。となると、ユールお前がやるしかない」
「そうですね……やってみます!」
ユールはエミリーに両手をかざす。考えてみるとエミリーに向かって魔法をかけるのは初めての経験である。恋人に魔法を浴びせるという緊急事態からか、ユールの鼓動が速くなる。
「エミリーさん……ごめん!」
ユールが魔力を飛ばし、エミリーの体を縛り付ける。これでもうエミリーは微動だにできない。
「よくやったぞ!」
ところが――
「痛い……」
「え?」
「痛いよ、ユール……。ひどいよ、ユール……私にこんなことするなんて……」
今にも泣き出しそうな声を上げる。
こうなると、ユールは術を解除するしかない。
「ご、ごめんっ!」
解除すると、とたんにエミリーは舌を出す。
「やっぱり解除してくれたぁ。優しいユールはもう私を攻撃したりしないよね?」
「う……」
エミリーの言う通り、ユールに二度エミリーを縛り付けることはできない。
「すみません、お父さん……」
「いや、かまわんぞ。お前のエミリーを想う気持ちがありがたい」
しかし、エミリーを放置しておくことはできない。まだ薬の効果は切れていないのだ。
「あの状態のエミリー、どうすれば治ると思う?」
「えぇっと、僕が豹変した時は寝たら治って、お父さんの時は僕がエミリーさんに迫ったら治りました」
「時間経過かショックか、というところか。しかし、時間経過を待っておられんな。放っておけば、エミリーはまた脱ぎ出すぞ」
「そうですね……」
「ならばショック療法しかない。仕方あるまい、ユールよ……吾輩に迫れ!」
「へ!?」
ユールは仰天する。対するガイエンはいたって真面目である。
「吾輩も自分でとんでもないことを言っていると思うが、エミリーに最もショックを与えられる行為はおそらくそれであろう!」
「……確かにそうですね!」
ユールはガイエンの目をまっすぐ見つめる。
「お父さん……」
「なんだ……ユール」
二人のやり取りを、怪訝な表情で見つめるエミリー。
「僕はお父さんのことをずっと魅力的に感じていました」
「本当か?」
「僕は……お父さんのことを……」
「何やってんの!!!」
エミリーが叫んだ。
「ユール! あなたには私がいるのに……あら? あれ? 私、いったい……」
薬の効果を振り切り、エミリーが我に返った。
「よかった! 元に戻ったんだね!」
「う、うん……。薬を飲んでぼんやりして……その後どうだった? 開放的だった?」
「開放的どころではないわ! いきなり服を脱ごうとしておったぞ!」
「あらら……」
ガイエンに叱られ、照れ臭そうにするエミリー。
「やっぱり心に作用する薬は難しいわね。でも、いいデータが取れたわ!」
どこまでも前向きなエミリーに、ユールとガイエンは呆れた眼差しを向けるのだった。
……
その日の夜、エミリーがユールに改めて謝る。
「ごめんね、また迷惑かけちゃって!」
「ううん、気にしてないよ。エミリーさんの薬の凄さが改めて分かったし」
「ありがと。これでまともに作用してくれれば言うことなしなんだけど」
悩ましげに腕を組むエミリー。
「それにしてもユール、お父様に聞いたけど、私に魔法をかける時ものすごく緊張してたらしいわね」
「うん、エミリーさんに何か悪影響がないか心配で」
「相変わらず優しいんだから。でも、いざって時のために慣れておかないとダメね」
「へ?」
エミリーが立ち上がる。
「ってわけで、特訓よユール! 私に魔法をかけるのに慣れないと!」
「えええ!?」
しかし、今後どんな局面があるか分からない。ユールも特訓することに賛成する。
「じゃあ私を動けないようにしてみて」
「うん」
ユールは先ほどやったように魔力で拘束する魔法をかける。
「あっ、すごい! 全然動けない!」
「大丈夫? エミリーさん、痛くない?」
「ぜーんぜん。むしろユールに抱き締められてるみたいで、なんだか温かい気持ちになってきたわ」
「ええっ!?」
これを聞いたガイエン、すかさず猛ダッシュで駆けつけてくる。
「ユールぅ! 魔法を使ってエミリーを抱きしめるとはいい度胸をしておるな!」
「ち、違いますよ! 誤解で……」
「そんな遠隔イチャイチャは許さんぞぉぉぉぉぉ!」
「“遠隔イチャイチャ”ってなんなのよ、もう……」
「イチャイチャするなら堂々と密着せんかぁ! あ、いや、それもいかんぞぉぉぉぉぉ!」
一人で興奮するガイエンに、ユールとエミリーは戸惑いつつも、仲良く笑った。




