第49話 フラットの町・女子会
ユール宅で、エミリーは時々花屋の少女ノナに薬学の授業をしている。
「これがキュアリー草、胃腸にとてもいいの」
「へぇ~」
「こっちはネナールの葉っぱ。ものすごく臭いの」
「わっ、すごい臭い……」
勉強が終わったところで、エミリーがノナを誘う。
「まだ明るいし、今日はブレンダさんの酒場でも行こうか?」
「行くー!」
もちろんノナは酒を飲める年齢ではないが、ブレンダの酒場はソフトドリンクも出してくれるのである。
***
エミリーとノナが酒場に着くと、スイナとリンネの二人と鉢合わせになった。
「スイナちゃん!」
「エミリー嬢!」
「リンネちゃんを連れてどうしたの?」
「町を案内するということになって、せっかくだからこの酒場に来たのだ」
「そうなんだ! じゃあせっかくだし、一緒に休憩していかない?」
「是非」
さらにはネージュも酒場に来ていた。
「ネージュちゃん、奇遇ね」エミリーが声をかける。
「あらエミリーさん、みんなも!」
「よかったら、一緒にどう?」
「ええ、じゃあ一緒に!」
偶然が重なり、一つのテーブルに女子五人で座る。
普段は男だらけの酒場だが、ブレンダは歓迎してくれた。
「おやおや、女の子ばかりでいらっしゃい。だけど確か、エミリーちゃん以外はお酒を飲める年齢じゃないね」
「ええ、だからソフトドリンクをお願いします」
「はいよ。なににする?」
「じゃあ私は紅茶で」とエミリー。
「コーヒー」とスイナ。
「ボクは……ココアがあれば、ココアを飲みたいな」遠慮がちに頼むリンネ。
「ジュース!」ノナは無邪気に答える。
「氷をたっぷり入れたアイスティーをお願い」ネージュはやはり冷たいものが好きなようだ。
「個性豊かだね……すぐ出すから待ってな!」
まもなく注文通りに品が出てくる。このあたり、ブレンダも只者ではない。
「リンネちゃんは町に慣れてきた?」
エミリーが尋ねると、リンネがうなずく。
「うん、おかげさまで。スイナもよくしてくれてるし……」
スイナが続く。
「リンネ殿は空き時間を使って、気分が落ち込んだ人を軽い幻術で励ますような仕事を始めている。なかなか好評のようだ」
「まさに幻術も使いようってやつね」
「うん、ボクも役に立ててよかった……」
リンネははにかみながらココアをすする。
その姿にエミリーは「いい子だわ……」とほっこりし、古代竜から助けることができて本当によかったと思った。
やがて雑談は、気になっている異性はいるか、という話に移っていく。
スイナは淡々とこう答える。
「私はガイエン殿と、最近はゲンマ殿が気になっている」
「ゲ、ゲンマ!?」驚くエミリー。
「ああ、昔は歯牙にもかけていなかったが、強盗団の件で見直した。彼は将来的には強いリーダーシップを持った優秀な指揮官になるのではないだろうか」
相変わらず異性を戦士として評価しているスイナに、呆れ半分感心半分のエミリー。
幻術士のリンネは――
「ボクは……ユールが好き」
エミリーの予想通りの答えだった。
「ユールのことを考えると胸がぎゅっと苦しくなるんだ。でも、ユールがエミリーのことを好きなのは知ってるし、ボクがこんなこと思っても迷惑になるだけだってのは分かってる。だけど、好きなんだ……」
「その気持ち、よく分かる。私もガイエン殿に追いつくことを目標としているが、全く届かないからな」
おそらくスイナは全く分かっていない。
エミリーは優しく告げる。
「大丈夫よ、リンネちゃん。ユールは人からの好意を迷惑がるような人じゃないし、それに私もユールを好きだって言ってくれる女の子がいて、嬉しいわ」
「ありがとう……。ボク、エミリーも好きだからホッとしてる……」
微笑むリンネの姿はエミリーの目から見ても可愛らしかった。
「本当にユールを取られちゃったらどうしよう……」とほんの少し不安がよぎるのだった。
ネージュも気になる異性について聞かれる。
「私が好きなのはやはり兄さんね」
皆が「やっぱり」「知ってた」という表情をする。
「だけどいつまでも兄さんに寄りかかってはいられないし、私は私の人生を見つけなくちゃいけないわよね。だからこそ、もっとすごい魔法使いにならないと」
こう言うと、ネージュはアイスティーを飲む。彼女とて、兄に依存しているばかりの妹ではなかった。
ちなみにノナは「みんな大好きー!」と言って、場を和ませるのに一役買った。
紅茶を飲みながら、エミリーが愚痴をこぼす。
「それにしてもこの前は大変だったわ。ユールとお父様が決闘なんかして……生きた心地がしなかったもの」
「ユール殿とガイエン殿が決闘!?」
「ユールは!? 大丈夫だったの!?」
スイナとリンネは当然過敏に反応する。
「えぇっと……勝負は引き分けみたいなものかな。どちらも怪我はなかったし」
「ガイエン殿と引き分けるとは……さすがユール殿だ」
「ユール、怪我がなくてよかった……」
それぞれの方向性でホッとしているスイナとリンネを見て、エミリーも笑顔を浮かべる。
そこにブレンダがやってきた。
「女の子同士仲良くやってるね。あたしも入れておくれよ。もっとも“女の子”なんて年じゃないけどね」
ブレンダもテーブルに加わる。飲むのはもちろん酒である。
豪快にジョッキ一杯のエールを飲み干すブレンダを見て、皆は唖然とする。
「さあ、乾杯しようじゃないか!」
エミリー、スイナ、ネージュ、リンネ、ノナにブレンダを加えた六人がグラスをぶつけ合う。
ここからさらに女子会は加速していくのだった。
しばらくしてエミリーの様子を見に、ユールとガイエンが酒場にやってくる。
「エミリーさん……う!?」
女性陣が座るテーブルからはただならぬ気配が立ち込めている。
「なんだ、あのオーラは……!?」
ガイエンがユールの肩をつかむ。
「行ってはならん、ユール。今あのテーブルは男が立ち入れる領域ではないのだ……火傷では済まんぞ」
「そうですね、お父さん……!」
ユールとガイエンは、女子会に割り込むようなことはせず、自宅に戻り大人しくエミリーの帰りを待つことにするのだった。




